令和初のクリスマスの過ごし方…聖夜にふさわしい日本酒「天使の吐息」。

今も昔も、「クリスマス」の“特別の日感”は続いています。

ひと昔前の「クリスマス」は…
というと、恋人同士にとっては
1年でもっとも大切なイベント。

その様子を夢いっぱいに
表現したのが、JR東海の
“シンデレラ・エクスプレス”
のCMでした。

正確には、遠距離恋愛の恋人達が
週末に東京で一緒に過ごし、
東京発新大阪行きの最終となる
21時発“ひかり289号”(当時)
のホームで繰り広げられる
別れのドラマがテーマ。

恋人達の別れをシンデレラの
魔法が解けることになぞらえた
イメージキャンペーンの総称が
“シンデレラ・エクスプレス”
で松任谷由実のCM曲が流れます。

そして、とくにクリスマスシーズンに
スポットをあてたものが
“クリスマス・エクスプレス
(1988〜1992年・2000年に放映)”。

こちらは遠距離恋愛の恋人達の
再会シーンを切り取ったモノで、
背景に流れるのは山下達郎の
“クリスマス・イブ”。

いまだにクリスマスシーズンになると、
この曲が街に流れるほどの定番曲に。

当時の「クリスマス」の
“特別の日感”は今よりも強く、
かつては、高額なプレゼントや
一流フレンチでのディナー予約の
殺到など、イブを迎えた夜の街は、
カップルで賑わっていました。

バブル崩壊以降、
社会状況は大きく変化。

長引く不況もあって、
高額ギフトや豪華なディナーは
以前とくらべると少し収まり、
一緒に時間を過ごすことに
重きを置く傾向に。

“モノからコト消費”への意識が
より一層高まってきたといえます。

不況は外食に対する意識にも
大きく変化をもたらしました。

節約ムードが外食控えを招き、
客離れを阻止するために
低価格路線に大きく舵を切った
外食業界。

それに拍車を掛けたのが、
スーパーで買うお惣菜やコンビニ食材
などの、低価格、豊富な品揃え、
高品質化が進んだ、
いわゆる出来合いの料理を持ち帰って
食べる“中食”ニーズです。

大きく社会背景が変わった現在、
いまだに“クリスマスは、特別の日”
という感覚があるのも事実。

高度経済成長期以降の親世代からの
“楽しい想い出の継承”
なのかもしれません。

ワイングラスとの出会いが「日本酒」の世界の幅を広げました。

とはいえ、「クリスマス」を楽しむ
舞台は、多方向に向かっています。

そのひとつに、ごった返す街を離れ、
時間を気にせず、恋人や仲間、
家族と一緒に、家で過ごす
“外”から“内”を選ぶ方が
年々増えているそうです。

家食により、
「クリスマス」に出てくる料理の
ジャンルが増えたことで、
アルコール飲料の幅も広がり、
「クリスマス」に日本酒が
飲まれる機会も増えました。

昔なら「クリスマス」はチキンと
ワインやビールというのが定番。

一方、日本酒は“鍋料理と熱𤏐”という
一般的に過ごす寒い冬の定番で、
「クリスマス」とはほど遠い存在でした。

ところが、ワイングラスで飲んで
美味しく感じる日本酒を品評する
「ワイングラスでおいしい
日本酒アワード」など、近年、
日本酒をワイングラスで楽しむ
スタイルとの出会いが、その嗜み方に
大きな変化をもたらしました。

従来の味わいに加え、より深く
香りを楽しむということです。

昔ながらの“お猪口で𤏐酒”だけでは
、酒質に応じた最高の美味しさ
を生かしきれませんでした。

香りを纏った日本酒は、
和食だけでなく、
同じ発酵食品のチーズや脂っこい中華
、濃い味の料理との相性がよく、
自由な楽しみ方ができる家食の
「クリスマス」で、
その存在感が増しています。

そんな中、シャンパンの代わりに
おススメしたいのが、
菊正宗のスパークリング純米大吟醸
「天使の吐息」。

開封直後の上質な発泡感と清涼感で
ひとときを楽しんだ後、
ボトル半ばを過ぎたあたりから感じる
、美味しいコクと深い香りを醸す、
沈殿したオリの「うすにごり」。

1本で2度楽しめるサプライズ感から
、女性を中心に人気が高まっています。

名前も「クリスマス」にぴったり
のお酒で、オシャレなボトルも好評。

時代とともに変化する
「クリスマス」の楽しみ方は多彩。

令和初の「クリスマス」は、
「天使の吐息」とともに、
華やかな聖夜に
ひたってみてください。

「お歳暮」は、先様の笑顔を思い浮かべて、格別な日本酒で。

時代小説「半七捕物帳」にも登場する「お歳暮」。

今年もお歳暮の時期となりました。

ついこの間、新年を迎えた
ばかりなのに…と思いつつも、
時代は平成から令和へと移り、
また台風直撃による爪痕も
いまだに残っている、
意外と長い“激動の1年”でした。

ここ数年、毎年のように
自然災害に見舞われることが多く、
改めて人と人の繋がりの大切さが
再認識される傾向にあります。

そんな中、感謝の気持ちを
カタチとして贈る「お歳暮」が
見直されていることを
ご存知でしょうか。

従来の儀礼的な役割だったものが、
個人の繋がりを重視した、
年末に贈るギフトの役割に。

つまり、より身近で信頼できる人や
繋がりたい人を大切にすること
を意識して「お歳暮」を贈る
傾向が強まっているようです。

さて、「お歳暮」の風習が
庶民の暮らしに広まったのは
江戸時代…ということを
以前に紹介しました。

江戸中期から末期にかけて、
歳時的な行事などの
武家社会のしきたりが
一挙に庶民に広まった
町民文化の最盛期です。

その当時の庶民の暮らしぶりは、
古い時代小説「半七捕物帳」に
垣間みることができます。

「半七捕物帳」は、
岡本綺堂による時代劇ですが、
探偵小説の要素も持ち合わせた傑作。

1917年(大正6年)から中断を経て
1937年(昭和9年)に発表された
作品で、明治になって、新聞記者の
“わたし”が半七老人から、
過去の岡っ引き時代の話を聞き出す
という構成で、江戸の化政文化
(江戸を中心として発展した町人文化)
から幕末期にかけての事件が
オムニバスで紹介されています。

この作品が発表されて以降、
数多くの時代劇小説や
謎解きをはらんだ探偵小説、
オムニバススタイルの作品
などが生まれたといわれ、
近代文学のランドマーク的な役割を
果たした作品にも数えられるほど。

緻密で厳密な時代考証をはじめ、
作者自身の伝聞や記憶などをもとに、
江戸八百八町をみごとに再現した
情趣あふれる作品で、
小説としてのみならず、
当時の町民文化を細かく描写している
風俗考証の資料としても
高い価値を得ています。

この「半七捕物帳」に
「歳暮」のくだりが度々登場します。

「…ある年の十二月十九日の宵に、
わたしは詰まらない菓子折を持って、
無沙汰の詫びと歳暮の礼とをかねて
赤坂の家をたずねると、
老人は二人連れの客を門口へ…」

「…わたしも歳末は忙がしいので、
冬至の朝、門口から歳暮の品を
差し置いて来ただけで、
年内は遂にこの話のつづきを
聞くべき機会…」

「…節季師走に気の毒だな。
あんまりいい御歳暮でも無さそうだが
、鮭の頭でも拾う気でやってくれ…」

江戸の町民たちの暮らしぶりが
判りやすく描かれています。

また、「半七捕物帳」以外の
岡本綺堂作品にも、
「歳暮」という言葉が、
しばしば登場しています。

 

江戸時代より続く「お歳暮」は、その年を締めくくる大切な“ご挨拶”。

ちなみに「歳暮」と同じく、
「中元」という言葉も、
岡本綺堂作品には
よく登場しています。

「お歳暮」や「お中元」は、
江戸の昔より続く、
庶民文化にも根付いた
大切な“季節のご挨拶”として、
連綿と続いて定着した
“おもてなし文化”のひとつに
位置づけられています。

「お中元」は、
半年間の感謝の気持ちと、
健康を願う気持ちで
品物を贈る風習で、
「お歳暮」は1年の最後を
締めくくるご挨拶という
意味合いが強い風習なので、
どちらか片方だけを贈る場合は、
やはり1年の締めくくりとなる
「お歳暮」ということになります。

菊正宗では、新年を祝うのに
ふさわしい“超特撰 嘉宝蔵 雅”
“超特撰 生酛純米大吟醸”
“超特撰 嘉宝蔵 極上”という
菊正宗が誇る銘酒をセット
にした「通の極み」や、

丹波杜氏伝承の生酛造りで醸した
大吟醸酒に金箔が舞うセットで、
化粧箱内側に描かれた
優雅な屏風絵が新年にぴったりの
「菊正宗 金箔入り屏風絵セット」、


灘の生一本の極致ともいえる
“超特撰 嘉宝蔵 雅”と
生酛造りにより丁寧に醸された
特別本醸造酒“超特撰 嘉宝蔵 極上”
という、とくに人気の高い2本を
組み合わせた
「菊正宗 嘉宝蔵 雅・極上セット」
など、さまざまなセット商品を
ご用意しています。

また、スパークリング純米大吟醸酒
「天使の吐息」や、
季節限定の謎に充ちた「可惜夜」など、
ネットショップでしか買えない
先様に喜ばれるお酒を
お求めいただきやすい価格にて
提供させていただいています。

生活スタイルがどんどん変わって、
ご近所付き合いなどが
希薄になっている昨今。

昔ながらの「お中元」「お歳暮」
によるご挨拶という、
日本独特の風習は、
末永く続けていきたいものです。

 

“勤労感謝の日”は、歴史のある「新嘗祭(にいなめさい)」が前身。

“祝祭日”と呼ぶのは誤り。正確には“国民の祝日”。

よく、“祝祭日”という
呼び方を耳にしますが、
これは正しくありません。

皇室での儀式や祭典などの
祭祀(さいし)が行われる日のことを
“祭日”と呼び、一般的な“祝日”と
ともに休日とされていたことから、
その総称として“祝祭日”
と呼んでいました。

しかし、戦後1948年
(昭和23年)に
「国民の祝日に関する法律」
が制定されて以降、
“祭日”は廃止され、
一部は名称を変更して
祝日となりました。

ちなみに、私たちが使っている
“祝日”は略称で、
正しくは“国民の祝日”。

驚くのは、“祭日”が廃止されて
約70年も経つのに、
“祝祭日”という呼び方が
一部に残っているということです。

間近の“祝日”である
11月23日の「勤労感謝の日」も、
かつては「新嘗祭(にいなめさい)」
という“祭日”でした。

「新嘗祭」の起源は古く、
古事記に天照大御神が
「新嘗祭」の神事を行った
記録が残されています。

“新”は新穀(初穂)、
“嘗”はご馳走の意味を持ち、
その年に収穫した新穀(初穂)を
神前に供えて、
その恵みに感謝する行事です。

2月17日の「祈年祭(きねんさい)」
と対となる神事で、「祈年祭」で
その年の五穀豊穣を願い、
「新嘗祭」で感謝します。

毎年11月23日には、
宮中三殿の近くにある
神嘉殿(しんかでん)で、
天皇が五穀の新穀を供え、また、
自らもこれを食べ、その年の
収穫に感謝する(収穫祭)とともに、
神の御霊を身に体(たい)して
生命を養うなどの神事が
執り行われます。

この日には、伊勢神宮で神饌
(しんせん/神に供える酒食
(しゅし))を備える
「新嘗祭大御饌の儀
(にいなめさいおおみけのぎ)」
や幣帛(へいはく/神前の供物)
と五穀を供える
「新嘗祭奉幣の儀
(にいなめさいほうへいのぎ)」
などの儀式が行われるなど、
全国各地の神社で、
その神社ごとに伝承されている
「新嘗祭」が斎行されるのが、
通年の歳時行事です。

 

今年は「新嘗祭」ではなく、一代一度の「大嘗祭」。

今年の「新嘗祭」は、
少しばかりその様相が異なります。

天皇陛下の即位後、
最初に執り行われる「新嘗祭」は、
大きな規模となる
「大嘗祭(だいじょうさい)」で、
天皇陛下一代に一度、
皇位継承に伴う宮中祭祀に
位置づけられています。

「大嘗祭」は
637年に即位した天武天皇の時に
“一代一度”と定められました。

途中、戦乱で一時の中断は
あったものの、約1300年続く、
皇位継承の大切な儀式です。

令和元年11月14日(木)から
11月15日(金)にかけて、
「大嘗祭」の中心的儀式
“大嘗宮の儀”が
厳かに執り行われました。

皇居東御苑敷地内に
約3ヵ月かけて設営された
大嘗宮(だいじょうきゅう)で、
斎田で収穫された米などを
天照大御神やすべての神々に、
天皇陛下がお供えされ、
天皇陛下自らもそれを食べ、
五穀豊穣や国と国民の安寧
を祈念しました。

また、この儀式に先駆けて、
「大嘗祭」で使う米を収穫するための
東西ふたつの地方を決める
“斎田点定の儀
(さいでんてんていのぎ)”が、
宮中三殿にある神殿で行われました。

亀の甲羅をあぶってひびの入り具合で
物事を定める、“亀卜(きぼく)”
と呼ばれる宮中に伝わる占いにより、
「大嘗祭」で使う米を収穫する
東の“悠紀(ゆき)地方”に
栃木県の“とちぎの星”、
西の“主基(すき)地方”に
京都府の“キヌヒカリ”を選定。

9月27日に“斎田抜穂の儀
(さいでんぬきほのぎ)”が、
東西の斎田で行われました。

日本の歴史をひも解いていくと、
その多くの側面に、
“米”が重要な位置を占めています。

そして、米の恵みによって造られた
日本酒も、神事に欠かせない
大切な供物(くもつ)のひとつに
数えられることも少なくありません。

なかなか機会の少ない「大嘗祭」の
この年、身近な安寧に願いを込めて、
一献いかがですか。

「菊正宗 2019年冬季限定 可惜夜(あたらよ)」発売

420本の数量限定発売商品
「2019年冬季限定 可惜夜」を、
11月18日に発売

2017年11月発売以来
ご好評をいただいております当商品、
2018年11月には
発売と同時に完売。

今年は夏季限定でも発売し
ご好評を頂きました。

商品名の「可惜夜(あたらよ)」とは
明けるのが惜しいほど素晴らしい夜
という意味です。

商品ラベルには、大正3年に
大阪画壇の美人画の名手とも呼ばれる
北野恒富により描かれた菊正宗所蔵の
ポスター原画をデザインに取り入れ、
美人画の女性に心奪われるような
魅力的な商品にという思いを
込めました。

上品な口当たりで、味わいは
すっきりとしながらも
ほのかにフルーティー。

冷やして飲むことを
お勧めいたします。

一口飲み、味わいの余韻に
浸りながら少しずつ…。

後を引く美味しさに心を奪われる。

心のままに、無垢なる味わいを
妨げぬよう、造りの詳細は
非公開と致しました。

菊正宗が360年培ってきた技術を礎
とし、研鑽を重ねた最先端が、本品
「2019年冬季限定 可惜夜」
です。

伝統的な醸造技術を受け継ぎ
ながらも、そこに甘んじることなく
旨い酒づくりに精進する心意気を
詰め込んだ商品

菊正宗は創業360年、会社設立100周年を迎えました。

普段使いの計算は「10進法」、時間や角度は「60進法」「12進法」。

私たちが普段使う四則演算
(足し算・引き算・掛け算・割り算)
に用いられているのは10進法です。

私たちの暮らしの多くの“計算”は、
この10進法を中心に進んでいます。

ところが、時間に関する事象について
は12進法と60進法が使用され、
角度も60進法が基準となっている
など、さまざまな「◯進法」が、
巧く共存して世の中は動いています。

10進法は、古代ローマ帝国が
ヨーロッパを席巻した際に、
大量の人や物資の計算が必要となり、
ラテン民族が使っていたものが
共通の命数法として採用され、
そこにインドからヨーロッパへと
伝わったアラビア数字による
10進法の“位取り記数法”が
大きく関わることで
一挙に広まったという説が、
さまざまある諸説の中で有力です。

一方、時間や角度に使われる
12進法と60進法には、大きく
天体の動きが関係しているとのこと。

その発端は、四大文明のひとつ、
古代メソポタミア文明において
バビロニア人が考案した
という記録が残されています。

バビロニア人は、
太陽の動きを観察して
60進法を考案しました。

そして、地球が1日で太陽の周りを
回転する角度を1度に定めて、
地球が太陽を1周する期間を1年
(=360日)と決めたところから、
円一周が360度となりました。

その後、1年は365日、正確には
地球が太陽を一周するのが
365.25日なので、4年に一度、
閏年(うるうどし)を設けること
により、誤差を調整していますが、
円は360度のまま
使用されています。

また、月の動き(満ち欠け)から
30日を1月と設定し、それが
12回繰り返すことで1年になる
ということも導き出されました。

天体を中心とした自然的事象において
は、60進法や12進法の方が、
しっくりとくるようです。

360年の歴史は、教科書で学んだ出来事が満載。

菊正宗酒造は、
2019年(令和元年)の今年、
創業360年を迎えました。

天体の動きによって導き出された
“時間”の積み重ねと考えると、
“360”という数字が重なる、
この360周年は感慨深いものがあり、
歴史の大きな節目ともいえます。

360年前の創業は、
万治2年(1659年)、
徳川4代将軍家綱の時代。

忠臣蔵で四十七士を率いた大石内蔵助
の生まれた年にあたります。

山田風太郎の小説「魔界転生」や
テレビ時代劇「江戸を斬る」などに
悪役として登場する“由井正雪”が、
幕府転覆を計画したのも
徳川家綱の時代。

当時の町の様相は、
小説やテレビのシーン描写で
窺い知ることができる
といえるでしょう。

1657年の「明暦の大火」で
江戸の大半が消失したため、
翌1658年に「万治」に
改元した時期でもあり、
ちょうど町の復興が
活気づいた時期とされています。

 

世界に目を移すと、創業と前後して、
ホッブスの「リヴァイアサン」刊行や
英国の王政復古、フックの法則の発見
、ニュートンの万有引力の発見
などが挙げられます。

これらの出来事を、
学生時代に学んだことを
思い出される方も
いらっしゃるのでは…。

創業以降、18世紀末には
樽廻船による“下り酒”が
江戸で人気を博し、
灘酒の名声は一気に全国区に。

さらに幕末。

神戸に設けられた「海軍操練所」には
、坂本龍馬や勝海舟、睦奥宗光などが
出入りしていたことから、
記録には残っていませんが、
ほど近い場所で酒造業を営んでいた
菊正宗のお酒を口にしたであろうこと
は、容易に想像できます。

創業から260年経った
1919年(大正8年)11月10日に
会社設立。

2019年(令和元年)は、
会社設立100周年にもあたります。

360年と100年の記念すべき節目
を同時に迎えるのが、
新たな元号制定の年というのも、
偶然が成せる技なのでしょうか。

昨今、さまざまな企業が100周年
を迎えることを耳にすると、
創業360年はあまりにも長く、
その歴史の多くを酒造に中心に
行えてきたことを考えると、
やはり真摯なまでに品質に
こだわってきたことへの“証”
であると自負しております。