菊正宗「盃展示館」が4月6日オープン。充実した約30分の見学ツアー。

菊正宗の文化資料施設の第3弾「盃展示館」。お客様の人気も好調です。

菊正宗「盃展示館」が
4月6日にオープンしました。

菊正宗のこうした
文化施設の取り組みは、
今から約60年前の
1960年(昭和35年)に、
御影の本嘉納家本宅屋敷内に
建てられた酒蔵を現在の地に移築した
「旧酒造記念館」に遡ります。

館内には、
国指定・重要有形民俗文化財の
“灘”の酒造用具や
所蔵する小道具類を展示し、
酒造りの長い歴史を伝える
酒造資料館として、
年間5万人もの来館者を
誇っていました。

しかし、1995年(平成7年)の
阪神・淡路大震災で倒壊。

そこに収蔵されていた
酒造用具や小道具類を、
崩れ落ちた瓦礫の中から
手作業で掘り起こして
ひとつずつ確認したところ、
ほとんどが無事。

一部、被害はあったものの
修復可能な状態で、
4年後の1999年(平成11年)には、
現在の「菊正宗酒造記念館」が
復興オープンしました。

昔ながらの酒蔵をイメージさせる
本瓦葺きの屋根、
焼杉板張りを使った外壁や辻塀、
そして何より「旧酒造記念館」
に使われていた樹齢400年以上の
歴史を刻んできた柱や梁が、
さまざまな箇所に利用されている様は
「旧酒造記念館」の意思を
受け継いでいるかのようです。

菊正宗 TARUSAKE MEISTER FACTORY

「菊正宗酒造記念館」に続き、
道を挟んで近接する嘉宝蔵敷地内の
奥まったところに位置する
「樽酒マイスターファクトリー」が
オープンしたのは2017年(平成29年)

“瓶詰樽酒(通称、樽びん)”を
発売して50周年となった記念として
設立したものです。

ここでは、成り手が少なくなった
樽職人を自社内で育成することで、
その伝統技術を継承するとともに、
樽酒を仕込むための樽づくり
ということも兼ねています。

樽づくりの材料となる
吉野杉の展示説明と
実際に樽づくりの現場を見る
体験ツアーも好評です。

微妙に長さや厚さが異なる杉材を、
釘1本使わずに、
専用の道具を巧みに使いながら
樽状に組み合わせる作業は圧巻で、
その技術の細かい精巧さ、
手際の良さに感動すら覚えます。

「菊正宗酒造記念館」で酒造りの伝統
「樽酒マイスターファクトリー」では
酒を貯蔵する“器”づくりの匠の技、
そして、3つ目の「盃展示館」では、
酒を“飲む道具”である
盃や猪口を紹介することで
酒の嗜み方の歴史を紹介しています。

約30分の見学ツアーの内容は濃いめ。見学後の試飲タイムは嬉しいところです。

「盃展示館」があるのは、
嘉宝蔵敷地内の仕込み蔵の一画です。

歴代の社員が集めた
盃コレクションを始め、
蒐集家からの寄贈、
監修をされた市之倉さかづき美術館の
七代目加藤幸兵衛氏からの寄託による
約1600点の収蔵品の中から
カテゴリーごとに、特徴のある
盃や猪口徳利など約400点が
酒造りの歴史を綴ったパネルと一緒に
展示されています。

多くの企業博物館での
館内展示物を自由に見て回るという
スタイルが多い中、「盃展示館」は
1日3回、約30分の無料見学会を実施。

「菊正宗酒造記念館」
スタッフの引率により、
お話を聞きながらの見学会です。

といっても、
堅苦しい説明というよりは、
酒文化にまつわる面白い話で
惹きつけられるので、
あっという間に過ぎる30分。

お酒にまつわる
いくつものうんちくが散りばめられ、
どこかで誰かに話したいものも
たくさんあります。

kikumasamune kinennkann

見学会が終わったら、
「菊正宗酒造記念館」に戻って、
寸胴の“蛇の目猪口”と広口の“盃”
に同じお酒を入れての飲みくらべ
というご褒美もついてくるので、
車での来館は避けたいところ。

飲みくらべて分かるのは、
同じお酒なのかと思うほど、
香りの立ち方や味わいが違うこと。

見聞きした情報を、
実体験で認識する面白い試みです。

さて、「盃展示館」見学会への参加は
見学予定日の2日前までに、
菊正宗HPの予約サイトでの
予約が必要です
https://www4.revn.jp/kikumasamune_reserve/

時間が許すのなら、
「樽酒マイスターファクトリー」の
見学会を同時に予約して、
「樽酒マイスターファクトリー」
「盃展示館」の順に、
続けて回るのがオススメ。

ちなみに休館日は年末年始のみです。

  • 「樽酒マイスターファクトリー」
    見学会(所要時間/30分)
    第1回目/10時30分〜、
    第2回目/14時00分〜、
    第3回目/15時00分〜
  • 「盃展示館」
    見学会(所要時間/30分)
    第1回目/11時10分〜、
    第2回目/14時40分〜、
    第3回目/15時40分〜

注意したいのは1回の定員が
20名までの人数制限があること。

20名を超える団体の場合は
「菊正宗酒造記念館」に直接、
電話での申し込みとなっています
(予約専用電話/078-277-3493/受付時間午前9:30〜午後4:30)

予約サイトで予約ができない場合も、
この予約専用電話で
お問い合わせの必要があります。

「盃展示館」は、
まだオープンしたばかり。

今後、さまざまな取り組みにも
期待が寄せられます。

まずは、ぜひ一度、「盃展示館」の
見学ツアーにご参加ください。

満を持して「大阪中之島美術館」がオープン。期間限定で、菊正宗収蔵の北野恒富作の美人画を展示。

基本構想から約40年。
稀代の収蔵品を誇る「大阪中之島美術館」が開館しました。

「大阪中之島美術館」が
2022年(令和4年)2月2日に
オープンしました。

1983年(昭和58年)の
大阪市制100周年記念事業の
基本構想のひとつに
“近代美術館の建設”という議題が
上がってから39年。

具体的には2013年(平成25年)の
市の戦略会議で、文化芸術の
重点エリアである中之島に、
2021年(令和3年)度
開館をめざした
新しい美術館を建設することが
決定し、新型コロナ禍による
建設工事の停滞をカバーしながら、
約1年遅れでの開館に
こぎ着けました。

「大阪中之島美術館」が建てられた
大阪中之島エリアは、
大阪キタの繁華街の喧騒を
南に抜けたオフィスビルと
歴史を感じさせる風格のある建物、
行政拠点、文化施設が混在する
閑静な地区です。

都会のど真ん中でありながら、
堂島川と土佐堀川に挟まれた
緑がいっぱいの
リバーアイランド(中洲)は、
大きな空間を実感できる
開放感あふれる憩いの場
となっています。

そんな景観に溶け込むどころか、
ひと際異彩を放つ
黒くて大きな立方体の建物は、
むしろ日本を代表する
アート拠点として
その存在感を主張するランドマーク
ともいえる風貌です。

ここ「大阪中之島美術館」
開館のキッカケは、
“山本發次郎コレクション”
の一部が遺族により
大阪市に寄贈されたことで、
美術館構想の出発点です。

それから約40年間の準備期間の中で、
“田中徳松コレクション”
“高畠アートコレクション”など
稀代の蒐集家たちの
コレクションの中から数多くの作品が
寄贈されたのをはじめ、
2010年(平成22年)に休館した
サントリーミュージアム天保山からの
ポスターコレクションの寄託、
優秀なキュレーター(学芸員)による
買い付けなど、時間をかけて
6000点以上にものぼる収蔵品を充実。

そこには、建物よりも
充実したコレクションを築くという
基本的な方針があり、
収集にあたって、さまざまな独自の
視点テーマが設けられていました。

そしてそのひとつに
“大阪と関わりのある
近代・現代美術のコレクション”
という視点もあるなど、
特徴的なテーマの企画展に
期待も高まるばかりです。

「大阪中之島美術館」の
こけら落としとなる開館記念
「Hello! Super Collection
超コレクション展
-99のものがたり-」を開催。

モディリアーニやダリ、マグリット、
ジャコメッティ、ユトリロなど
世界を代表する作家を始め、
佐伯祐三、前田藤四郎、島成園など
日本作家のさまざまな
アート作品など、お披露目を意識した
珠玉の約400点が展示され、連日、
多くの来館者で賑わいました。

 

“みんなのまち 大阪の肖像”に、菊正宗収蔵品が出展。

開館記念展
「Hello! Super Collection
超コレクション展
-99のものがたり-」に引き続いて、
4月9日〜7月18日に開館記念特別展
“モディリアーニ
愛と創作に捧げた35年”、
7月23日〜10月2日に、
“展覧会 岡本太郎”
が開催されます。

そして、この両展と同期間の
約半年にわたって開催されるのが、
開館記念展
“みんなのまち 大阪の肖像”。

大阪と関わりのある
近代・現代美術のコレクションという
個性豊かな独自視点が発揮された、
まさに「中之島美術館」ならではの
“大阪”をテーマにした
気概を示す展覧会が
早々に開催されたといえるでしょう。

この開館記念展
“みんなのまち 大阪の肖像”では
絵画、写真、ポスターを始め、
多岐にわたるコレクションを中心に、
大阪府市内外の博物館・美術館や
企業などからの出品を加え、
大阪の魅力を広く深く掘り起こすのが
根底に流れるテーマです。

具体的には、
水都・大阪を描いた作品や
戦前のレトロポスター、
大阪を代表する有名画家などの作品が
一堂に会します。

「中之島美術館」からの
出展依頼にお応えして、
菊正宗収蔵の北野恒富による
大正から昭和にかけてつくられた
ポスター2点と、その元になった
美人画原画の合計3点が、
他の作品とともに
会場に並ぶこととなりました
(第1期:4月9日〜7月3日)。

とくに北野恒富の美人画原画は
圧倒されるほど大きく、
その筆致は驚くほど繊細です。

この原画は
菊正宗のミステリアスなお酒
「可惜夜(あたらよ)」のラベルにも
起用しているもので、
目の当たりにする
またとない機会です。

 

可惜夜(あたらよ)のご購入はラベル画像をクリック。

そして、4月23日(土)には、
北野恒富の第一研究者である
大阪大学教授・橋爪節也氏の
「描かれた大大阪
-近代都市景観と画家たち-」を
テーマにした講演会も開催されます。

大阪と北野恒富の深い関係性が
紐解かれるひとときとなりそうです。

菊正宗の収蔵品が、開館して間もない
「中之島美術館」の開館記念展に
出展できるのは光栄なことです。

また、過ごしやすい
春の気候に誘われるまま
歴史を重ねてきたアート作品を
観に出かけましょうか。

大阪中之島美術館HPへは画像をクリック。

 

今年の4月1日。成人年齢が18歳に。家計を逼迫する値上げラッシュも。

成人年齢が20歳から18歳へと引き下げられます。

4月1日から、成人年齢が
20歳から18歳へと引き下げられます。

旧暦から新暦に変わった3年後の
1876年(明治9年)に、太政官布告で
“成人年齢は20歳”と定められ、
1890年(明治23年)の
旧民法に受け継いだものの
施行されないまま廃止となり、
実際に施行されたのは
1896年(明治29年)に制定された
民法でのことでした。

今回の成人年齢の定義が
見直されたのは、実に約150年ぶりの
歴史的な出来事といえるでしょう。

では、旧暦の頃の成人年齢はというと、
成人を祝うしきたりである
“結髪加冠の制”が定められた
飛鳥時代の683年(天武天皇11年)
にまで遡ります。

平安中期頃には、
男子は15歳前後で「元服」、
女子の「元服」である
“髪上げ”“眉払い”を
13歳前後で行って、それぞれの
成人になったことを祝う儀式が確立。

旧暦における成人年齢が
ほぼ定まった時期です。

そして、江戸へと時代が移る中で、
宮中行事から武家社会へ、そして
庶民へと広まって行きました。

もちろん宮中、武家、町人では
「元服」の行事内容は
大きく異なりますが、
大人になった自覚と責任を伴う
それぞれの儀式であったことは、
いうまでもありません。

さて、今回の成人年齢の引き下げで
大きく変わることのひとつに、
18歳になれば、親の同意を得ずに
契約が可能になることが挙げられます。

具体的には、クレジットカード、
スマホ、部屋の賃貸借、
物品購入ローンなど、
一人で契約が可能ということ。

これは、原則として
親の取り消しができなくなり、
大人としての責任が伴うことも
意味しています。

また、婚姻年齢が男女ともに18歳に
なることも大きな変化のひとつです。

これまでは、女性の婚姻年齢は
16歳からでしたが、
18歳に統一されたということです。

これ以外にも、
有効期間が10年のパスポートの取得
や医師免許の取得、
公認会計士・司法書士・行政書士の
仕事に就くことも可能になりました。

逆に、飲酒、喫煙、競馬・競輪・競艇
などの公営ギャンブルについては、
20歳未満は禁止のまま変わらないので
注意が必要です。

今回の成人年齢の引き下げの
議論が一気に進んだのは、
2016年(平成28年)の
公職選挙法の一部改正により、
“満18歳以上になれば選挙権を
有することになる”という内容の
法案施行によることが
大きいとされています。

ここで疑問がひとつ。

“成人式”をどう実施するのか
ということです。

こちらは現在検討されている
真っ只中。

18歳のみを対象年齢とする、
高校3年生の受験シーズンに実施、
2022年度は3学年の
同時実施を行うなど、
その選択肢はいくつかあり、
来年1月の実施に向け
議論されているところです。

 

生活に直結した値上げが家計を逼迫。工夫を凝らした家計管理が求められるところ。

さらに、4月1日は年度が変わる
節目でもあることから、
“値上げ”を予定している商品や
サービスが控えています。

しかし、4月だけにとどまらず
2022年度内に値上げされる商品や
サービスの数も、例年と比べて、
その数の多さに驚きを隠せません。

気掛かりなのは、家計への影響が
予測される生活に直結した
公共料金や各種公共交通機関、
そして食品の値上げです。

この背景には
原油価格の高騰をベースとした
製造コスト、輸送コストの
上昇に加えて、
原材料価格の高騰の影響があります。

ここ数年、
さまざまな商品の価格微増が続き、
それが大きく集中した結果が、
今年度の大きな値上げのピークへと
いざなった感は否めません。

また、
ロシアによるウクライナ侵攻に伴う、
経済制裁や輸出入の制限による影響で、
今後のさらなる価格上昇も
予測されるところです。

食品関係についても、
食パンや麺類、冷凍食品、食用油、
ハム・ソーセージなど、
値上がりしていない食品を挙げた方が
早いのではと思うほど、
多岐にわたっており、
約5〜15%前後の値上がりが
予定されています。

価格据え置きの場合でも、
内容量を減らして価格調整を
行っていることも。

ここは、特売日にまとめ買い、
スマホ決済のポイントの運用、
毎日買い物に出かけない、
外食回数を減らすなど、
工夫による賢い家計管理が
試される時なのかも知れません。

菊正宗でも、仕入れ価格の上昇に
伴って、「なら漬(瓜)」を
2022年4月1日より1,080円(税込)に
値上げさせていただきます。

値上げ対応の為、3月28日9時から
受注一時停止となるため、
現行の864円(税込)でお買い求めの方は、
余裕を持って3月27日までに
ご注文くださいませ。

“灘の酒”の旨さは 、“六甲おろし”を利用した「寒造り」の賜物。

菊正宗 生もと 蒸米

一年を通した“四季醸造”から、冬場限定醸造の“寒酒”へ。

旨い日本酒造りの
大切な要素のひとつに
「寒造り」があります。

江戸時代初期頃まで、
日本酒造りは、
真夏の暑い盛りを除く一年を通じた
“四季醸造”が一般的でした。

現在の9月頃(旧暦8月)に
前年収穫の古米で醸す“新酒”、
9月下旬頃の残暑が残る初秋には
“間酒(あいしゅ)”、
寒くなりかけた晩秋には
“寒前酒(かんまえさけ)”、
冬場に造る“寒酒(かんしゅ)”、
そして春先の“春酒(はるざけ)”と
夏場以外はそれぞれの季節に応じた
酒が造られていました。

ところが、幕府は、
飢饉や政争など、
その時々の社会情勢に応じて
“寒酒”以外の酒造りの
“規制”“解禁”を
繰り返していたため、
蔵元は、
生産許可が不安定な酒類の醸造を
避けるようになったといいます。

また、“寒酒”の酒質は
他の酒類とは比較にならないほど
上質なものに仕上がることも、
“寒酒”造りに専念する要因と
なったようです。

つまり、“寒酒”だけが
唯一規制対象外であったのも、
もともとの酒質が秀でたからに
他なりません。

江戸時代の酒造りを
頭に思い描いてみてください。

繊細な醗酵工程を
的確に行うために大切な、
正確に時間を刻む“時計”、
正確な温度を測る“温度計”など
ない時代。

そんな中で、刻々と変化していく
それぞれの醗酵状態を把握するために
肌感覚で温度を読み、
目や耳で醗酵状態を知り、
香りを嗅ぎ分け、
舌で味を確認する…
経験によって培った五感を頼りに、
蔵人たちはその技術を確立し、
後世へと受け継いでいったものが、
現在の「寒造り」への礎となったと
いわれています。

また、
“寒酒”が定着したことによって、
農家の冬場の閑散期に出稼ぎにくる
“杜氏”という酒造りのプロ集団が
生まれたことも、
優れた日本酒造りを支えることに
なりました。

“寒酒”造りが、
“四季醸造”の中で、
もっとも過酷な極寒環境での作業を
強いられたことは、
暗に想像がつきます。

休憩場で火を焚いて
暖を取っていたとは思いますが、
作業現場への安易な火の持ち込みは
厳禁。

冬場の凍てつくような空気や水は
澄みわたって雑菌が少なく、
寒さによる蒸し米を短時間で冷まし、
醗酵段階の一定時間の低温状態の
維持が容易という
酒造りにもっとも適した季節で、
醸されたお酒は、
香りが高く、
深いコクがあり、
長く貯蔵できるという
多くの利点がありました。

もし、
過酷な極寒の作業環境に心が折れ、
そこそこの日本酒の出来栄えに
納得していたら、
現在の酒文化は
なかったかも知れません。

 

「寒造り」を極めた旨さが、江戸庶民に受けた“下り酒”の真骨頂。

“寒酒”だけが
造られるようになって以降、
時代は巡り、
第5代将軍、徳川綱吉の元禄年間には、
灘酒の“下り酒”が
江戸の庶民に持てはやされます。

とくに、当時の関東で仕込まれた
“地廻り酒”と比べると
“灘の酒”の酒質は高く、
江戸時代後期には、
江戸で飲まれる約8割が
“灘の酒”であったとの記録が
残されています。

江戸時代に“下り酒”として
人気を博した“灘の酒”の
優れた酒質を決定づけたのは
“六甲おろし”を利用した
「寒造り」技術といえます。

阪神タイガースの球団歌として
その名が一気に広まった
“六甲おろし”は、
寒い冬に六甲山の頂上から吹き降りる
冷たい北風のことです。

六甲山地は最高峰で931mと
それほど高い山ではありませんが、
神戸市街を見下ろすように
東西にそびえ立ち、
西高東低の冬型の気圧配置になると、
神戸の西に位置する明石からの
季節風が
西に位置する六甲山に向かって
吹き抜けます。

その季節風が六甲山頂にぶつかって
一気に吹き降りる気象現象が
“六甲おろし”で、
山と海の距離が短い
急勾配である地形が、
その速度を強めています。

江戸の庶民に親しまれた
“下り酒”ですが、
“灘の酒”を特徴づけることになる
“宮水”“山田錦”の登場は、
まだ先のこと。

それでもなお
“灘の酒”が極上の酒として
江戸庶民に受け入れられたのは、
「寒造り」技術が
より高い水準で確立していた
ということに他なりません。

灘五郷の酒蔵では、
この“六甲おろし”を
効率よく利用するために、
多くの蔵元が“重ね蔵”という
建築配置を取り入れた構造でした。

つまり、北側に、仕込み蔵や貯蔵庫、
南側に前蔵が隣接して
東西に長く連なる建物配置。

冬は“六甲おろし”の冷たい風が
北側の仕込み蔵を適した低温に保ち、
夏場は、南に位置する前蔵が、
貯蔵庫への強い直射日光を遮ります。

現在は空調設備が完備され、
建物も増築されるなどして、
大きく配置が変わったところも
ありますが、
それでも多くの酒蔵では
“六甲おろし”を上手く取り入れる
構造を意識しているようです。

酒造りへのこだわりは、
数百年経った現在でも
変わることはありません。

菊正宗では、
手間がかかり、冬場の過酷な作業が
強いられる生酛造りを
いまだ実直に続けています。

それは旨い酒を造るという、
江戸の蔵人たちの思いと
重なっています。

六甲山 夕焼け

今年の「初詣」も、昨年同様の“分散参拝”が主流。

“分散参拝”は、密を避けるための寺社仏閣の柔軟な対応。

昨年と比べると、
2022年の年明けは、
新型コロナ感染状況も
落ち着きを見せ、
ひとまずは穏やかな生活を
取り戻せています。

普通で平穏な生活の延長線にある
年初めが、
いかに幸せか、
改めて実感されているのでは
ないでしょうか。

もうすでに「初詣」を
済まされている方のほうが
多いと思いますが、
昨年に引き続き、
多くの寺社仏閣では
“分散参拝”を呼びかけています。

長年にわたって続いている伝統や
しきたりを何が何でも守るという
凝り固まった考えではなく、
困った人に寄り添うという
本来の宗教の役割に沿った
対応といえます。

そこに商業的側面があるのも
確かですが、
それをいうのは無粋なこと。

素直に寺社仏閣の柔軟性と捉える方が
より純粋に参拝できるものと
思われます。

 

まずは、
いくつかの神社で行われた昨年の内に
初詣を済ましておく
“幸先詣(さいさきもうで)”。

これは年が明ける前に
初詣を済まして
“幸先の良い新年”を願うもので、
縁起物の授与、お札の郵送なども
前倒しで行われるなど、
機転の効いた対応が行われました。

全国的に寺社仏閣で展開されている
“分散参拝”は、
ご存知のように、
感染防止のための
密回避を目的としたもので、
本来は“三が日(1月1・2・3日)”
遅くとも“松の内(1月7日〈東日本〉
もしくは1月15日〈西日本〉)”
までに集中していた祈願祈祷、
破魔矢やお守りなどの
縁起物を授与する期間を延長する
という配慮です。

期間が短いところでも1月中受付で、
続いて2月3日の節分が期限。

これは1年の始まりが旧暦で
“立春”とされていることから、
その前日の“節分”を初詣期間として
区切ったものです。

そして、2月中旬、2月中と続き、
長いところでは3月末までを
初詣期間としているところも
あるようです。

まだ今年の初詣を行なっていない方は
まず、
いつも初詣に訪れる寺社仏閣が
いつまで初詣期間と設定しているかを
調べ、
期限を過ぎているようであれば
別の最寄りの初詣期間内のところを
探してみるのも
いい判断だと思います。

さらに、密を避ける意味で
初詣を取りやめておられる方は、
お札の郵送や初詣動画の配信を
行なっているところもあるようなので
そちらを一度調べてみては
いかがでしょうか。

 

「初詣」が庶民に定着したのは大正時代になってから。鉄道網発展と深く関わってます。

長い歴史があるように
思われがちですが、
「初詣」と呼ばれるようになったのは
意外と最近になってからのこと。

もともとは
“年籠り(としごもり)”と呼ばれた
家長が祈願のために
大晦日から元日の朝にかけて
氏神様の宿る神社に籠る習慣が
原型です。

この習慣がやがて、
大晦日の夜に行う“除夜詣”と、
元日の朝の“元日詣”に分岐。

そのひとつの“元日詣”が、
住んでいるところから見て恵方にある
寺社に参詣する“恵方詣”や、
その年の“初縁日(初卯、初午、
初大師、初天神など)”に
参詣することが、
江戸時代の庶民の間に
広まったとされています。

参詣する寺社の境内に
軒を並べる露店を“縁日”と呼ぶのは
その名残といえます。

こうした
縁起の良い方角や暦日にこだわらない
今の「初詣」が定着し始めたのは、
明治中期になってからのことで、
それには鉄道の発展と
深い関わりがあります。

鉄道網の発展に伴い、
遠方や郊外にある寺社への参詣が
可能となり、大正時代には、
行楽も兼ねた「初詣」が
正月行事として定着しました。

さて、いつもなら、
「初詣」の参詣ついでに、
イートインのある露店で
軽く一杯「祝い酒」を引っ掛けたり、
参詣の帰り道に居酒屋に立ち寄るなど
人の賑わいが恋しいところです。

しかし、
新型コロナの変異種である
オミクロン株が世界で猛威を
振るっている現在は、
チョット控えて、
家飲みで「祝い酒」を。

ちょうど
“嘉宝蔵 雅”と“嘉宝蔵 極上”
“純米大吟醸 磨き39”の超特撰酒と
“嘉宝蔵 灘の生一本 生酛純米”
“純米樽酒”に
選りすぐりの肴をセットにした
「冬セット」が好評です。

また、
謎に包まれた限定販売の“可惜夜”、
幻の原酒“兵庫恋錦”など、
ハレの日ならではのお酒も
数多くご用意しております。

しばらく不自由な生活が
続いていますが、
家飲みが増えたことで、
新しい日本酒との出会いがあったとの
嬉しいお客様の声も届いています。

晩酌を家で楽しむ
ちょうど良いタイミングともいえる
この機会に、
菊正宗の数々の自信作を
お試しくださいませ。