端午にまつわる深いお話。

厳しい景観条例の京都。こいのぼり掲揚の許可は?

連日、多くの観光客で賑わう京都市街。

街中各所に垣間見える
伝統的で雅やかな情景が、
この街に人を惹き付ける
魅力のひとつとなっています。

この京都ならではの雰囲気を
醸している背景には、
景観条例に則した徹底した街づくり
があるのをご存知でしょうか。

景観条例を最初に施行したのは
石川県金沢市で1968年(昭和43年)。

都道府県では1969年(昭和44年)
の宮崎県が最初とされ、
全国にじわじわ波及しはじめました。

景観保護に対する行政の意識を
決定づけたのは、2005年
(平成17年)の景観法の制定です。

それまで強制力のない実施目標
というところも多かったので、
この機を境に無秩序な建設は
控えられることになりました。

そんな景観に対する
意識がもっとも高く、
日本で一番厳しいとされるのが
京都市の景観条例です。

古い伝統を有する建造物が多い京都は
、旧市街地型や山並み背景型、岸辺型
などのいくつかの美観地区エリアに
分けられ、それぞれの町並みの
風情や眺望景観を保護するために、
建築物の高さや建築デザイン、
屋外看板など、厳しい基準が
設けられています。

建築物についての高さ制限はもちろん
のこと、屋根の形や勾配、色彩など
細かい規定が設けられ、
広告についても屋上看板や
電飾系の禁止、壁面掲示にも
細かい指示されています。

さまざまな大手チェーン店の
屋外への看板掲示についても、
大きさや色彩の変更を
行わなければなりません。

本来、企業ロゴは色や形について、
各企業が細かく規定しているもの。

ところが外資系も含め、
各企業とも景観条例に沿った
カラーリングを施しています。

鮮やかな赤をシックな茶色に
置き換えるなど、京都でしか
観ることができないさまざまな色の
看板は街中に融け込み、
新しい文化を創り上げている
といっても良いでしょう。

ここで頭をよぎったのは、
ひとつの疑問。

これだけ厳しい景観維持の
京都市内において、
「こどもの日」に鯉のぼりを
上げて良いのかということ。

伝統的な行事に対して条例は
適用されるのでしょうか?

悩ましいところです。

結論からいうと、伝統的というより、
鯉のぼりそのものが屋外広告物に
該当しないため、広告案内などが
書かれていなければOKとのこと。

祭の案内看板なども
屋外広告物にあたらないので、
掲示の際の許可申請は
不要のようです。

厳格なだけではない、
住みやすさへの十分な配慮
はきっちりと残されています。

本家・中国の「端午節」は、6月7日(旧暦5月5日)。

さて、この「鯉のぼり」、
鎧兜や柏餅、ちまきなど「こどもの日」
につきもののひとつですが、
これらが一緒になったのは
同時期ではありません。

こどもの日は「端午の節句」と呼ばれ
、もともと中国発祥の“端午”から
きている行事で、中国から日本に
伝わった後、旧暦と新暦が入り交じって、
現在の日本の様式に落ち着きました。

その由来や経緯を、
少しひも解いてみましょう。

由来となる中国の端午は
「端午節」と呼ばれ、
2019年は6月7日(旧暦5月5日)。

「端午節」は、春節、中秋節に並んで
、中国の三大伝統節句の
ひとつとなる祝日です。

“端”には“はじめ”という意味があり、
“午”は、十二支を各月に
あてはめた時の5月のこと。

それを組み合わせて、「端午」は
“5月の初旬”を意味しています。

諸説ありますが、一般的に
中国・楚(紀元前3世紀頃)の
詩人“屈原”の命日である
5月5日に彼を慕う人々が、
彼が身を投げた川に“ちまき”を
投げ入れて供養したことが
起源とされるのが有力な説。

現在でも、この日は、彼を助けるため
に船を出した故事にちなんで
龍船(ドラゴンボート)の競漕が
中国各地で行われ、ちまきを食べたり
、ヨモギや菖蒲の葉を
飾る習慣があります。

「端午」が日本に伝わったのは
奈良時代。

当初、宮中行事であったものが、
鎌倉時代になり、“菖蒲”が“尚武”
に通じ、葉の形が刀剣に似ている
ことから、男の子の節句へと変遷。

鎌倉時代を境に、日本独自の風習
として定着しはじめます。

鎧兜や刀、武者人形や金太郎、
武蔵坊弁慶を模した五月人形
などの段飾りはこの頃からの風習。

鯉のぼりは江戸時代になってから
関東の風習として広まり、
やがて京都や上方へと伝わりました。

鯉のぼりを上げるのは日本独自の文化
ですが、由来そのものは中国が起源。

中国・黄河の“竜門”と呼ばれる滝を
登ったのが鯉で、登り切った鯉が
竜になったという故事が元になって、
男の子の出世を願う意味を込めて
鯉のぼりを庭先に
上げるようになりました。

芸能オーディションなどで
耳にする「登竜門」も
同じ故事からの引用です。

柏餅を食べるのも日本独自のもので、
柏は“神様が宿る木”とされ、
新芽が出るまで
古い葉が落ちないことから、
“家系が絶えず、後世に続く”
縁起物として広まりました。

ちまきについても、いわゆる
“中華ちまき”ではなく、
餅を菖蒲の葉で包んだものが
“ちまき”として定着しました。

そして「端午の節句」が
「こどもの日」となったのは、
1948年(昭和23年)に
制定されてからのことです。

ちなみに、日本での「端午の節句」
は、新暦、旧暦ともに5月5日で、
人日、桃の節句、七夕、重陽と並ぶ
五節句のひとつに数えられます。

中国から伝わった文化は、
日本の習慣をなぞるように
独自の変化を遂げています。

この先、よりグローバルな時代に
なった時、「端午の節句」は
どのように変わっていくでしょうか。

それはそれで、歓迎すべき
新しい時代の幕開けともいえます。

お父さんの心をくすぐる、日本酒の「父の日ギフト」。

お父さんだって、プレゼントは欲しい…に違いない。

郷愁感にあふれる偉大さを表す言葉に
、“母なる〜”があります。

生命の起源を感じさせる“母なる海”、
植物が根を張った強さをイメージ
させる“母なる大地”、
宇宙を舞台にしたSF作品にしばしば
登場する“母なる地球”など、
すべて包容力のある懐かしい温もり
を感じさせてくれる言葉です。

ラテン語の“母(mater)”は、
“海(mare)”と近い語源とされ、
フランス語の“海(la mer)”は
女性名詞、そういえば、
“海”という漢字に“母”が含まれ、
“海”は“産み”と同じ発音。

太古の昔より、生命を産み育む
「母性」に対する敬慕の心が、
人間の遺伝子に
刻まれているようです。

では、“父なる〜”という表現は
というと、なかなかすぐには
思いつきません。

調べて見ると、さまざまな
神話や信仰の“母なる大地”
との対の表現として
“父なる天”や“父なる太陽”
などが使われているようです。

“天”“太陽”ともに、何となく
遠くから見守っている存在
のようで、少し距離感を
感じてしまいます。

そうしたことも関係しているのか、
「母の日」の賑やかさに比べると、
「父の日」は少しだけ
静かな印象を受けます。

実際に「父の日」の
ギフト市場規模は、
「母の日」市場の
ちょうど半分くらい。

世のお父さん、
口にこそしませんが、
“プレゼントが欲しい”…
きっと心の底では、
そう思っているに違いありません。

菊正宗では、そんな、ちょっと
寂しさ漂うお父さんに向けた
「父の日ギフト」を
ご用意いたしました。

まずおススメしたいのが、
「シェリー樽貯蔵大吟醸」です。

本場スペインで買い付けた
シェリー樽に、搾り終えた上質の
生酛大吟醸を樽詰した贅沢な逸品。

歴史を重ねた樽に浸み込んだ
シェリー酒とスパニッシュオーク
(樫)の香りが渾然一体となった
ところに、華やかな香りが広がる
生酛ならではの味わいが
融け合って、奥の深いコクのある
深い味わいを醸し出します。

洋酒党と日本酒党ともに
絶賛の秀逸な味わい
がお楽しみいただける、
大変貴重な限定商品です。

続いてご紹介したいのが
「父の日プレミアム
純米原酒セット」。

菊正宗だけの特別な酒米「兵庫恋錦」
で醸した幻の酒
「超特撰 兵庫恋錦 特別純米酒 原酒
」、吉野杉の爽やかな香りをまとった
芳醇な味わいの「上撰 純米樽原酒」、
吉川特A地区産の山田錦を100%使用
した「超特撰 嘉宝蔵 雅」の、
日本酒好きには堪らない
“垂涎(すいぜん)”の純米原酒を
3本セットです。

そして最後に、普段なかなか口に
できない、お父さんへの感謝の
メッセージをネオカップに貼り付けた
「思いを伝える ネオカップセット
〜メッセージ「父の日」タイプ〜」。

180㎖の飲み切りタイプの
ネオカップを5種類20本の
セットにしました。

ご家族揃っての飲みくらべなど、
会話も弾む父の日ギフトです。

どれも、お父さんが喜ぶ
嬉しい1日になりそうな
商品を取り揃えました。

正式な「父の日」制定は、「母の日」に遅れること58年。

最初の「父の日」の祝典が
行われたのは、1910年のこと。

その前の年にアメリカのワシントン州
のある街での出来事が
キッカケとされています。

その出来事とは、男手ひとつで
自分を含む6人兄弟を育て
てくれた父を讃えて、
父の誕生月である6月に
礼拝をしてもらった
ソノラ・スマート・ドッドという
ひとりの女性の願いに
端を発したものです。

当時すでにはじまっていた母の日
と同じように、父に感謝する日
も必要という牧師協会への嘆願
が最初とされています。

母の日の起源とされる1907年から
3年遅れての祝典となりました。

とはいうものの、
「母の日」がアメリカの記念日
となったのは1914年。

「父の日」は1972年に
正式な記念日として制定された
もので、実に58年もの年月が
経っていました。

母の日に贈る花は
カーネーションに対して、
父の日の花はバラ。

父親が健在の場合は赤いバラを贈り、
亡くなっている時は
白いバラを身につけます。

寡黙な父、饒舌な父、頑固な父…
いろんな父親像はありますが、
「父の日」には、感謝の気持ちを
カタチにして伝えたいものです。

新たに「父なる〜」という言葉が
生まれるのを願うばかり。

今年の「父の日」は6月16日(日)。

日本酒を前に、
こぼれんばかりのお父さんの笑顔が、
今年は見られそうです。

神戸まつり限定「日本酒」の有料試飲。これはお値打ちです。

神戸ならでは、異国文化を色濃く残す「神戸まつり」。

日本酒の一大産地
「灘五郷」がある神戸には、
さまざまな“顔”があります。

歴史の側面から見た神戸。

古くは、平安末期、
「一ノ谷の戦い」の舞台ともなった
“鵯越の逆落とし
(ひよどりごえのさかおとし)”
が有名です。

この源義経による奇襲をキッカケに、
西国に落ち延びた平氏は
「壇ノ浦の戦い」で滅亡し、
源氏による鎌倉幕府が成立しました。

江戸時代、樽廻船による
江戸への下り酒は、
陸路から海路へと物流の仕組みを
大きく変え、江戸の人々を
“灘の酒”の旨さで魅了しました。

時は流れ、幕末。

勝海舟と坂本龍馬による
「神戸海軍操練所」が設置され、
海外列強国の脅威に備えるなど…
歴史の転換期に、
神戸の地はしばしば登場します。

温暖で風光明媚なロケーションも
神戸の魅力。

六甲山系と神戸港が近く、
東西に広がる市街の景観を
立体的に魅せるのは、
緩やかな坂道。

そんな坂道をのぼった先の
摩耶山・掬星台(きくせいだい)
からの眺望は絶景で、とりわけ、
“100万ドル”と称される夜景は、
函館市、長崎市と並んで
「日本三大夜景」のひとつに
数えられています。

また、家族で楽しむ行楽スポット
ともいえる「王子動物園」は、
パンダ1頭
(全国3ヵ所で飼育/全10頭)と
コアラ5頭
(全国8ヵ所で飼育/全50頭)を
一緒に観ることができる
日本で唯一の動物園。

近年、飼育数が激減している
ラッコ2頭
(全国6ヵ所で飼育/全8頭)を
観られる「須磨海浜水族園」も、
休日ともなると
家族連れやカップルで賑わいます。

珍獣たちは高齢化や繁殖のための
貸し借りなどで、いなくなること
も予測されるので、観に行くなら
早い目に行かれることを
オススメします。

また、神戸の街を散策していると
しばしば触れる数多くの異国情緒。

「異人館」や「旧居留地」をはじめ、
日本三大中華街のひとつ「南京町」
などの観光スポットはもちろんのこと
、街中にあふれかえる異国の風を
まとった“神戸”の装いは、
ファッショナブルな国際都市として
全国的に有名です。

その背景にあるのは、
昨年150周年を迎えた、
1868年(慶応3年)の神戸港の開港。

多くの外国人が神戸を訪れ、
さまざまな国との交流に伴う文化融合
によって神戸独特の文化を刻み、
それぞれの異国文化を街のあちら
こちらに色濃く残しています。

そんな神戸の街で繰り広げられる
「神戸まつり」は、
“祇園祭”や“天神祭”などの
伝統的な祭りとくらべると、
歴史は浅いものの、独自の進化
を遂げたお祭りといえます。

神戸まつりのメインイベント
「おまつりパレード」では、
沿道を埋め尽くす神戸市民
であふれかえります。

また、「サンバストリート」や
「花舞台」「わくわくストリート」
などのステージイベントが、
メイン会場を取り囲むように設けられ
、まさに、国際色豊かな市民参加型の
“お祭り”として、街のいたるところが
賑やかな喧噪に包まれます。

令和元年(2019年)の
「神戸まつり」は、5月19日(日)
午前11時スタートです。

「神戸まつり」のルーツは古く、約80年以上もさかのぼります。

神戸・三宮の名所スポット「花時計」
のすぐ近くに設けられているのが
地元テレビ局サンテレビの
「おっ!サン商店街」。

メインの「おまつりパレード」
巡行ルートや「サンバストリート」
「神戸旧居留地Jazz Stage」
などの、お祭りの目抜き通りに
近接する、県内外の郷土料理や
物産品が揃うエリアです。

今回で14回目の参加となる菊正宗は
、このエリアの入ったところに
ブースを構えています。

菊正宗からは、兵庫県のみで先行販売
されている「百黙」3種の飲みくらべ、
“香りのお酒(しぼりたて生貯蔵酒・
しぼりたて生貯蔵原酒・
生酛樽酒・すだち冷酒)”
4種の飲みくらべの有料試飲を
ご用意しております。

笑顔があふれ、歓声が飛び交う
お祭り会場のど真ん中で、
軒を並べる各地を代表するグルメに
舌鼓を打ちながら、旨い酒を飲む。

これ以上の“至福のとき”は、
なかなかお目にかかれません。

さて、「神戸まつり」の歴史を
振り返ると、1971年(昭和41年)
までさかのぼります。

当時、市民参加型のお祭りは全国的
にも珍しく、画期的なものでした。

そのルーツとなる
「みなとの祭」の歴史はさらに古く、
第1回目の開催が1933年
(昭和8年)と、今から80年以上
さかのぼることになります。

みなとの女王の戴冠式をはじめ、
国際大行進、市電の花電車、
懐古行列、市内の電飾など、
イベント色の強い“市民祭”の原形は、
この頃には確立されており、
いまに受け継がれているといえます。

メインイベント前日の5月18日(土)
には、神戸市各区で“まつり”が
行われているのも、市民参加型の
お祭りといわれる由縁です。

5月1日を境に、
新しい令和の時代となりました。

時代は変われど、今年も神戸で、
賑やかな“お祭り騒ぎ”が
繰り広げられそうです。

八十八夜。意外にも、日本酒にも大切な節目。

“八十八夜”で思い出す唱歌「茶摘」。

八十八夜というと、
子どもの時に習った唱歌「茶摘」の
“夏も近づく八十八夜♪”
という歌詞が、頭をよぎる方も
多いのではないでしょうか。

「茶摘(小学校3年生で習う歌
なので、“茶つみ”と表記)」は、
明治から昭和にかけて、文部省が編纂
した“文部省唱歌”に選ばれた歌の
ひとつで、現在も小学校で歌われて
いるというから驚きです。

最初に音楽の授業に取り入れられた
のは、1911年(明治45年)の
「尋常小学唱歌/第三学年用」。

余談ですが、現在、世界最高齢
としてギネス認定されている116歳
の「田中カ子(かね)さん/福岡市」
が1903年(明治36年)生まれ
なので、音楽の授業ではじめて
「茶摘」を習った世代といえます。

その後、戦時中に音楽教材から
はずされる時期はあったものの、
再び音楽教材として採用。

“春がきた”“かたつむり”
“ふじ山”などの曲と並んで、
明治から令和にわたる、
5つの元号で歌われ続ける“唱歌”
のひとつとに数えられています。

長い歴史の中で、
生活環境も大きく変わり、
“あかねだすきに 菅の笠♪”
という歌詞の意味が、いまの小学生に
理解できるかどうかは判りませんが、
テンポの良いリズム感は、
子どもたちにも大人気とか。

手遊び歌として世代を越えて歌い
継がれる数少ない歌ともいえます。

「茶摘」の歌詞は、
京都の宇治田原地区に代々伝わる民謡
「茶摘み歌」の一節を元に
つくられたとされています。

現在、「茶つみ」の歌は、
他教科と関連づけて学習する
という地域もあります。

「音楽」だけにとどまらず、
「社会」や「理科」などの
幅広い教育教材として、
お茶の産地や種類、栽培方法、
収穫方法などを学ぶ教材として
取り入れられているとのこと。

“子どもの五感を刺激し、好奇心を
高め、児童の主体性を育む”授業
に用いられているということです。

“時代は変わった”と、
つくづく思い知らされます。

 

“八十八夜”に摘まれた新茶は、長寿の秘訣。

「八十八夜」は、1年を24等分して
季節を表す名称を付した
“二十四節気”の最初の
「立春」から数えて88日目の夜
のことで、雑節のひとつ。

雑節とは、“二十四節気
(さらに3等分した72候)”
や5節句などの季節の暦日に加え、
さらに季節の移り変わりを表した
“特別な暦日”のことで、節分や彼岸
、入梅、土用なども雑節です。

明治以前から使われている雑節は、
月の満ち欠けを基準とするため
「八十八“夜”」になったとのこと。

2019年の八十八夜は、
5月2日(木)。

「茶摘」の歌詞にある“夏も近づく”
のは、もう少し先のお話。

二十四節気の
6番目の「穀雨(4月20日頃)」と
7番目の「立夏(5月6日頃)の間に
位置する旧暦の春から夏に変わる時期
で、“八十八夜の別れ霜”
“八十八夜の泣き霜”などと
いわれる「遅霜」が発生する頃。

農家への遅霜による被害への
注意喚起の意味を込めて、
この雑節が定められたともいいます。

とはいえ、
季節の節目で霜もこれで最後。

間もなく訪れる
「立夏」を待つばかり。

新緑が鮮やかに映えはじめる八十八夜
を迎えるこの時期は、米づくり
においても馴染み深い日なのです。

地域によって作付けのタイミングは
異なりますが、田んぼに水を張ったり
、早稲の田植えが行われるなど、
農家が米づくりをスタートする時期で
、八十八を縦に並べると「米」という
漢字になることから、米農家が大切
にする日としても有名です。

日本酒の原料となる酒米をつくる
“酒米農家”でも同じように、
八十八夜はとても大切な日の
ひとつに数えられています。

“八十八夜=お茶”
というイメージを定着させたのが、
冒頭で紹介した「茶摘」の歌。

お茶の葉は、厳しい冬の間に養分
を蓄え、春の到来とともに
芽吹きはじめます。

最初に摘むのが「新茶(=一番茶)」
で、高い栄養価があり、味も格別。

そのため、“八十八夜に摘まれたお茶
を飲むと、病気にならない”とされ、
長生きの秘訣として
語り伝えられています。

ちなみに二番茶は6月から7月に
かけて、三番茶は8月末頃に
摘まれるお茶のことを指します。

長い歳月の中で変わることと、
変わらないこと。

日本独自に進化した文化が時折、
“ガラパゴス”に例えられますが、
そのおかげで世界一古い国家が
維持できているともいえます。

古い独自の慣習を“魅力”と感じる
ことが大切なのかも知れません。

老若男女を問わず、「茶摘」の歌を
口ずさむ光景は、世代を超えた
愛おしさに包まれています。

「母の日」に、母親と一緒に飲む日本酒は格別な味。

「母の日」にカーネーションを贈るのは、なぜ?

 

今年の「母の日」は、5月12日(日)。

日本では、アメリカに習って、
5月の第2日曜日を「母の日」
とする習慣が広く根付きました。

あまり知られていませんが、
日本の“母の日”にあたる日は、
5月5日の「こどもの日」です。

国民の祝日に関する法律
第2条の各祝日定義の中に
“こどもの人格を重んじ、
こどもの幸福をはかるとともに、
母に感謝する”と記されています。

いまでこそ、母の日ともなると、
バラエティ豊かな母の日ギフトが
出揃い、喜びいっぱいのお母さん
の笑顔が日本中にあふれますが、
昔はカーネーションの花一輪と
感謝の手紙というのが、
子どもたちの感謝の気持ち
を表す定番スタイル。

当時は、ほのぼのとした
微笑ましい光景が、全国各地で
繰り広げられていました。

「母の日」は、アメリカの南北戦争
(1861〜1865年)の際に、
アン・ジャービスという女性が
敵味方を問わず負傷兵の衛生状態を
改善するために「母の仕事の日」
というボランティア団体を
立ち上げたことに起因します。

彼女は戦争の後も、
軍人たちのケアをはじめ、
平和活動や子どもたちへの教育支援
を行うなど、さまざまな社会活動に
その身を捧げ、こころざし半ばで
帰らぬ人となりました。

その娘であるアンナ・ジャービスは、
そんな母を誇りとし、母への気持ち
をずっと残したいという想いで
はじめたのが「母親のための祝日」
を設立する活動。

最初は小さな輪でしたが、
少しずつ共感する女性たちの声が
アメリカ全土に広がり1915年に、
5月第2日曜日を「母親のための祝日」
とする法案が施行されるに至ります。

そして、全世界へとゆっくり
拡散されていきました。

では、「母の日」に、他の花ではなく
、カーネーションを贈るのは
なぜなのでしょうか。

それは、娘のアンナが、母を追悼する
ために白いカーネーションを
教会の祭壇に飾り、出席者にも
想いを込めて配ったことに由来します。

白いカーネーションは、母が大好きな花だったからです。

そのことから、カーネーションの
白い花は亡くなった母親に、
赤い花は健在する母親に贈る
という習慣が広まったといいます。

母親への感謝を込めたカーネーション
は「母の日」のシンボルとして、
時を経た今も受け継がれています。

“もの”から“こと”へ。一緒に過ごす時間こそが最大の贈り物

デフレ時代の昨今、
“もの”から“こと”の消費へ
と転換しています。

ギフト市場も、ご多分に漏れず、
“こと”消費のウエイトが高い
市場のひとつ。

贈る際のサプライズや相手の気持ちを
くすぐるような包装へのこだわりなど
、“心の共感”を大切にしています。

つまり、母の日ギフトは、
“高額なものを贈る”よりも、
“贈られる側の気持ちに寄り添う”
ことにこだわって商品選びを
する方が多いようです。

菊正宗でも、母親への感謝の気持ち
を伝えることができる
「母の日ギフト」を、
いくつかご用意しました。

菊正宗 日本酒の化粧水風呂敷セット

まずは「化粧品詰合せ〜ふろしき包み〜」。

女性にとって美容は、
いくつになっても大きな関心事のひとつ。

そこで、日本酒由来の化粧水や乳液、
洗顔料などをおトクなセットにして、
お洒落な風呂敷に包んでお届けします。

日本酒はスキンケアに適していると
昔からいわれ、日本酒を風呂に
入れたり、化粧を落とした後に、
日本酒を浸したコットンで顔に
パッティングするなど、その効能も
実体験により認められてきました。

最近は男性のスキンケアも流行る兆し
を見せているので、「母の日」の夜は
、家族揃ってスキンケアを
楽しんでみてはいかがでしょうか。

たっぷり使える大きな容量も
魅力といえます。

菊正宗 母の日ネオカップセット

続いて、ご紹介したいのは、
「母の日」のメッセージを添えた
「思いを伝えるネオカップセット」です。

箱を開けた時に目に飛び込む、
ネオカップひとつに1文字ずつ、
全20文字の感謝のメッセージ。

180㎖のネオカップが全5種
入っているので、飲み比べを
するのにおすすめのセットです。

辛党のお父さんが
日本酒に頬を赤らめるお母さんの姿
を見て同士を得た喜び、
逆に日本酒のセットに喜ぶお父さん
を見る満足げなお母さん。

相手への気遣いが覗く、
家族が幸せになるセットといえます。

菊正宗 天使の吐息

そして、真打ちは、
ハレの日に開けたい
スパークリング純米大吟醸酒
「天使の吐息」。

上品な発泡感と口あたりは、
お母さんにとっても初めての味わい
を堪能することになるでしょう。

 

子どもの頃に、はにかみながら母親に
カーネーションを渡した時の素直な
気持ちに戻って、「母の日」は家族
みんなでお祝いするのが、新しい
「令和」の最初の行事になりそうです。