叙情豊かに歌い上げる「夏は来ぬ」。深く歌詞を知れば、故郷はより身近に。

「立夏」辺りから、夏へまっしぐら。その季節感を歌い上げたのが「夏は来ぬ」。

今年の二十四節気の「立夏」は
5月6日。

この日辺りから梅雨を挟んで、
夏に向かって暑さを増す季節です。

そして、
ちょうど田植えの時期と重なります。

かなり遠い昔、
町中でも
ちょっと歩けば田畑が広がり、
田植えをする光景を
目にすることができました。

そんなシーンを描いた
「夏は来ぬ」という唱歌があります。

子供の頃に聞いた歌ですから、
深い意味など考えず、
漠然と夏の訪れを感じるくらいの
歌だったような記憶だけが残ります。

余談になりますが、
子供の頃に耳にする歌といえば、
“わらべうた”“唱歌”“童謡”
など。

“わらべうた”は、
“遊びや生活の中で自然とつくられた
遥か昔より歌い継がれた歌”で、
大人が口ずさむことで伝承してきた
子守唄や遊ばせ歌も
“わらべうた”に含まれ、
日本最古の“わらべうた”が
万葉集にあることから、
その歴史は奈良時代にまで遡ります。

一方、“唱歌”は
“明治初期から
第二次世界大戦終戦までにつくられた
学校教育用の歌”、
“童謡”は
“大正時代に子供のために
芸術性を重視する目的で
つくられた歌”
という定義があるようです。

しかし、現在は
“子供のうた”や
“みんなの歌”などと、
ひと括りにして親しまれています。

さて、「夏は来ぬ」は、
1896年(明治29年)に
「新編教育唱歌集(第五集)」で
発表された“唱歌”で、
作詞は佐佐木信綱、
作曲が小山作之助。

2007年(平成19年)には、
「日本の歌百選」に
選出されています。

季節感にあふれる
叙情描写が見事な歌なのですが、
発表時期が19世紀、
古典文学者による作詞
ということもあり、
古い昔のかなり堅い文語による
描写を多用。

歌詞を聞いたとき、
一度では何をいっているのか
理解できません。

タイトルの「夏は来ぬ」からして、
“夏が来ない”
といっているようです。

“来ぬ”とは、
“来る” の連用形“き”に、
完了の助動詞“ぬ”の終止形が
加わった形で、
現代語に訳すと
「夏が来た」という意味になります。

まずは、1番の歌詞を例に紐解きます。

耳に届く“音”を表す意味で
ひらがなによる表記だと、
“うのはなの にほふかきねに 
ほととぎす はやもきなきて 
しのびねもらす 
なつはきぬ”
漢字をまじえた表現にすると、
その意味が薄っすらと見えてきます。

“卯の花の 匂う垣根に 
ホトトギス 早も来鳴きて 
忍び音もらす 
夏は来ぬ”
現代語に訳すと次のようになります。

“初夏に白い花を咲かせる
ウツギの花の香りが漂う垣根に 
ホトトギスが早くも来て 
今年の初鳴き(忍び音)の声が
聴こえている 
あぁ夏が来たんだなぁ”

どうですか、
叙情豊かな昔のくらし振りが
見えてきませんか。

春から初夏に向けて、季節の移ろいを綴った歌詞に、農村の郷愁が見えてきます。

2番の以降の歌詞と現代語訳は
次の通りです。

《2番歌詞》
五月雨(さみだれ)の そそぐ山田に
早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる 
夏は来ぬ

→《現代語訳》
梅雨の雨が降りしきる山の田んぼで 
若い女性が衣類の裾を濡らしながら 
稲の苗代を田に移し植えている 
あぁ夏が来たんだなぁ

《3番歌詞》
橘(タチバナ)の 
薫る軒端(のきば)の
窓近く 蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる 
夏は来ぬ

→《現代語訳》
ミカン科の“橘”の
花の香りがする軒下の 
窓の近くで蛍が飛んでいるのを見ると 
夜の勉学を怠けそうになる気持ちが
引き締まる 
あぁ夏が来たんだなぁ

《4番歌詞》
楝(おうち)ちる 
川べの宿の 門(かど)遠く 
水鶏(クイナ)声して
夕月すずしき 
夏は来ぬ

→《現代語訳》
栴檀(せんだん)とも呼ばれる
“楝(おうち)”の
庭木の薄紫の花が散る6月 
川辺に佇む家の遠くで 
水鶏(クイナ)の戸を叩くような
鳴き声が聴こえ 
夕暮れに浮かぶ月に
心地よい涼しさを感じる 
あぁ夏が来たんだなぁ

《5番歌詞》
五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
水鶏(クイナ)鳴き 卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす 
夏は来ぬ

→《現代語訳》
梅雨時のとりわけ暗い夜の闇 
(以降は、1番から4番までに登場した
“蛍”“水鶏(クイナ)”
“卯の花”“早苗(玉苗)”など、
この季節の季語が並ぶ、そして…) 
あぁ夏が来たんだなぁ。

「夏は来ぬ」は、
1番から5番へと物語を紡ぎ、
春から初夏への季節の移ろいを
情景に盛り込んだ
郷愁あふれる歌に仕上がっています。

意味も分からずに聞いていた時は、
そののどかなメロディーが
耳に残る程度ですが、
意味を知ってから聞くと、
昔の農村のくらし振りが垣間見える
原風景そのもの。

お気に入りの
昔の歌の歌詞を紐解いてみると、
これまで気づかなかった
新しい発見や
行間に込められ物語などを
見つけることが
できるかも知れません。