「酵母」は、文字通りアルコール醗酵の母親。

微生物の一部は、人のくらしに役立つ自然界の恵み。

突然、新型コロナウイルスの猛威に
見舞われた世界。

即効性のあるワクチンや薬の
一刻も早い投入が望まれますが、
未知のウイルスであるがゆえ、
その開発は困難を極めています。

しかし現在、全世界の英知を結集して
、研究が急ピッチで進んでいる
とのことで、大変頼もしく思います。

さて、ウイルスの大きさは
1μm(マイクロメートル)
より小さいものが多く、
微生物と勘違いされる
ことも多いのですが、
ウイルスは生物ではありません。

生物は自身で
増殖する能力を持っていますが、
ウイルスは自身で増殖できないため、
生物とは明確に区別されています。

一方、大腸菌や乳酸菌などの細菌、
真菌(酵母、カビなど)を総称して
“微生物”と呼びます。

この微生物は病気の原因
となる細菌も多いことから、
“罪”の部分が悪目立ちしますが、
人類は“微生物”の恩恵に
与っていることも多いのです。

感染症の治療に使われる抗生物質は、
一部の微生物がつくり出すものですし
、日本酒をはじめとする醗酵食品も、
さまざまな微生物の働き
によるものです。

私たちの体内にも
約100兆個もの常在細菌が存在し、
善玉菌と悪玉菌が
絶妙なバランスを保ちながら、
病原体の侵入を防いでくれています。

麹菌_Aspergillus oryzae

日本酒造りにおいて
欠かせない微生物が、
麹菌、酵母、乳酸菌です。

麹菌がつくる酵素の作用により、
米のデンプンを分解して
ブドウ糖を生成します。

そのブドウ糖をアルコールに
変えるのは酵母の役割。

この“糖化”と“アルコール醗酵”
という2つの化学反応を
同じタンク内で行う、
世界でも類を見ない
高度で複雑な醸造方法
“並行複醗酵”が、
日本酒製造の真骨頂なのです。

そして、酵母と乳酸を大量に得る
“もと(酒母)”を造り上げる
工程で活躍するのが乳酸菌。

菊正宗では、江戸時代からの製法を
受け継いだ“生酛造り”により、
手間と時間をかけて
自然の中で生きている乳酸菌を
取り込みます。

この手間と時間が、
旨い辛口をつくる上で、
欠かせない工程といえます。

その乳酸菌がブドウ糖をエサに
乳酸をつくり、雑菌を駆逐します。

酵母は乳酸に強く、
増殖をはじめる中で
アルコールをつくり、
やがてそのアルコールによって
乳酸菌が死滅するというのが、
生酛造りの基本的なメカニズムです。

この複雑な製造方法が、
微生物すら見つかっていない
江戸時代に確立していたのには、
大変驚かされます。

 

清酒酵母_Saccharomyces cerevisiae

日本酒造りに適した清酒酵母は、風味を醸すのに最適な酵母。

さて、日本酒造りに
重要な役割を担っている酵母ですが、
ドイツ語でヘーフェ、
滓(おり)を意味します。

英語ではイースト、泡立つもの
という意味があります。

明治中期にドイツ人やイギリス人から
ビール醸造技術を学んだ際に、
“醗酵の母”という意味に
訳したことから酵母と呼ばれる
ようになりました。

酵母は真菌類の一種で、
その大きさは直径約5〜10μm
(マイクロメートル)。

日本酒造りに適した清酒酵母は、
生育条件が整えば約2時間で倍に増え
、ひと晩寝かせると
1㎤(1㎖)あたり約2億個
まで増殖します。

たった1㎤(1㎖)の
清酒醪(せいしゅもろみ)の中に、
日本の全人口以上の数の酵母が
存在していることになります。

パン生地の醗酵に適したパン酵母、
ビール醸造に適したビール酵母、
味噌や醤油の醸造にも
味噌酵母や醤油酵母があるように、
日本酒造りにも酒質に適した
風味を醸すのに特化した
酵母が存在しています。

長年にわたる酒造りの現場で、
より選られた優秀な清酒酵母の株が
大切に純粋培養されたものです。

日本酒造りに適した清酒酵母は、
醸造酒では他に例のない
高濃度(約20%)の
アルコールをつくる能力を
備えているのが特長です。

酵母の働きをほど良く抑え、
アルコール醗酵がじっくりと進む
低温醗酵に適しています。

ある研究者が味噌酵母を使って
日本酒を醸造したのですが、
白米を原料にしたにもかかわらず、
味噌汁の香りがした
という笑い話が残っています。

太古の昔より続く微生物との共存。

ひとつひとつ科学的に解明され、
私たちのくらしはその都度、
より豊かに進化しました。

この関係は、はるか未来へと
続いていくものと思われます。