令和初のお正月。いかがお過ごしですか。

新しい時代だからこそ、日本古来の原点回帰で運をつかむ。

年末年始は、“年終わり”
“年初め”にかかわる節目の
歳時行事が目白押し。

これは子孫繁栄や五穀豊穣を司る
年神様をお迎えする
準備ともいえます。

昭和の時代は、もっと
丁寧なしきたりがありましたが、
時代とともに簡便化や省略化
がすすみました。

鏡餅は安価なプラスチック容器
に入ったものが主流となり、
串柿や伊勢エビなどは
あまり見かけません。

自動車のフロントに着けていた
注連飾りなども、
まったく見なくなったものの
ひとつといえます。

その昔、“家”というものが
厳格だった時代に、
「若水汲み(わかみずくみ)」
「初竈(はつかまど)」
「福沸(ふくわかし)」
「初炊ぎ(はつかしぎ)」
などの正月行事が、
一般の家庭でも
普通に行われていました。

これらは“水”と“火”に対する
感謝が込められたしきたりで、
これらも、最近あまり目にする
機会がありません。

ただし、何代も続く厳格な“家”など
では、いまでも、その家に伝わる作法
に則って執り行われているようです。

「若水汲み(わかみずくみ)」は、
水をいただくことを水神様に
感謝する作法のひとつです。

元旦に、その年初めて汲む水を
“若水”と呼び、神棚に供えた後、
年神様へのお供え物や
家族の食事をつくります。

また、顔を洗う、口をすすぐ、
福茶を入れるなど、“若水”は
邪気を除くとされてきました。

古来より、「若水汲み」は正月行事を
取り仕切る年男や主婦の仕事で、
元旦の朝早く、
誰にも会わないうちに水を汲み、
もし人に会っても口をきかずに、
神棚に供える準備をしました。

“若水”を汲む際は、
“黄金の水を汲みます”など、
縁起の良い言葉を
唱える地域もあります。

また、地域によっては、
歳の市で新調した手桶を使う、
鏡餅や米を水神様に供える
などの作法もさまざま。

昔は井戸の水を汲んでいましたが、
水道水やミネラルウォーターなどでも
、最初の水は“若水”とされています。

「初竈(はつかまど)」は、元旦、
初めて竈(かまど)に
火を入れることで、
火や竈の神様に水を供えたり、
塩で浄めて
一年の火の用心を願います。

なかでもとくに、
“若水”を沸かすことを
「福沸(ふくわかし)」と呼び、
新年初めての煮炊きを祝う
しきたりもあります。

新年、最初にご飯を炊くのは、
「初炊ぎ(はつかしぎ)」。

元旦の朝は雑煮が定番なので、
元旦の夜、もしくは
翌二日の行事です。

これらのしきたりも
地域によってまちまち。

正月三が日は炊事をせずに
お節料理をいただくという
ところもあるので、
お住まいの地域や代々家に伝わる
しきたりに則ってお正月を過ごす
のが賢明かと思われます。

いずれにせよ、こうした行事は
日本独特の宗教観によって、
生活に融け込んだものが、
代々伝わっているといえます。

日本の宗教観と諸外国の宗教観は、大きく異なります。

日本人の宗教観は、
世界にあまり類のない
独特のスタイルを持っています。

なかには、ひとつの宗教を信仰する
熱心な信者のご家庭もありますが、
多くの日本人は、
神社への初詣にはじまり、
お盆にはお寺での墓参り、
そして年の瀬にクリスマスイブを祝う
…日常の生活文化のなかに、
意識することなく複数の宗教が自然に
融け込んでいるといえるでしょう。

海外では、ひとつの宗教信仰を中心に
生活を送ることが多く、
果ては宗教が元で
戦争になることも少なくありません。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教
の聖地とされる“エルサレム”
をめぐる長年にわたる紛争などは
その代表的なお話といえます。

外国の方達からすると、日本の
宗教スタイルは奇異に映ります。

たとえば、
ご飯を食べる時の“いただきます”。

つくってくれた人への
感謝の気持ちに加え、
神様への感謝があります。

また、悪いことをしたときの
“神様の罰があたる”にも、
明確な神はありません。

漠然とした、いろいろなものに
神が宿るという、いわゆる
“八百万(やおよろず)の神”信仰
なのでしょうが、
意識することなく、
生まれた時から生活様式として
自然と身についています。

こうした考え方を
外国人に説明しても、
微妙なニュアンスが
伝わり辛いのですが、
訪日された外国人が観光を通して、
必然的に日本の宗教観に触れる機会に
、興味から感銘へと
変わることが多いようです。

お寺での禅体験の後、
伏見稲荷へという
普通の観光巡りに、
ふたつの宗教が混在していること
を意識することなく楽しむのも、
日本独特の宗教観の柔軟性といえます。

海外では宗教視点で
“労働”を苦役と考えますが、
日本では古来より感謝ととらえ、
季節ごとのさまざまな歳時行事
のひとつひとつにも、
昔から伝わる深い宗教観があります。

もしかすると、
細かい戒律に縛られることなく、
ほかを拒まない寛容さを持ち、
無意識に自身への戒めと
他者への慈しみのある、本来、
日本人が受け継いできた感覚こそが、
最先端を行く宗教
なのかもしれません。

深く複雑に考えるのではなく、
簡単に“鰯の頭も信心から”
が原点なのかも。

日本人のルーツは、
感謝の心に宿っているような気がします。

今が旬の「大根」と日本酒の組み合わせ、お試しあれ。

冬の風物詩、京都・了徳寺の報恩講(ほうおんこう)「大根焚(だいこだき)」。

毎年12月9日・10日の2日間は、
京都
「了徳寺(りょうとくじ)の大根焚」
が行われる日です。

「了徳寺の大根焚」は、
浄土真宗の開祖である親鸞聖人
(しんらんしょうにん)が、
了徳寺を訪れた際に、
鳴滝(なるたき)の村人たちに
説法を説き、そのお礼として
村人が塩味の大根を炊いたものを
振舞ったのが起源とされています。

それは、愛宕山中の
月輪寺(つきのわでら)に
師である浄土宗の開祖・法然上人
(ほうねんしょうにん)の遺跡を
訪れた帰りで、鎌倉時代の
1252年(建長4年)のことでした。

親鸞聖人は村人たちのもてなしに応え
、すすきの穂の束を筆代わりに、
鍋の残り煤(すす)で
“帰命尽十方無碍光如来(きみょう
じんじっぽうむげこうにょらい)”
という十字名号を書いてそのお礼
として残されたといわれています。

この故事にちなんで行われる
報恩講の通称が「大根焚」です。

別名「鳴滝の大根焚」
とも呼ばれています。

「大根焚」の前日の早朝に
“京都府亀岡市篠町”で
掘り出された青首大根、約3000本が
了徳寺の境内いっぱいに並べられ、
御門徒による
切り出しがはじまります。

そして、切り出された大根は、
夜を徹して炊き込まれるのです。

なお、本堂に祀られている親鸞聖人像
には、参拝者に振舞われる
ほど良いしょうゆ味の「大根焚」とは
異なり、昔ながらの塩味の
「大根焚」が供えられます。

また本堂に “帰命尽十方無碍光如来”
の十字名号が掛けられ、
中庭には“すすき塚”もあるとのこと。

「大根焚」は、張場で志納金を納め、
堂内での拝礼後に大根志納券と
引き換えで食べることができ、
かやくご飯や大根の葉のおひたしなどが
セットになった
“お斎(おとき)”もあります。

いずれにしても、
この時期だけの風物詩、
美味しくいただきたいですね。

 

青首大根の旬は、ちょうど今。

「大根焚」に使われる青首大根は、
全国各地で栽培され、
流通する大根の約90%以上
を占めるポピュラーな品種。

一年を通して市場に出回る青首大根
ですが、旬とされているのは
11月から2月にかけて、
ちょうど今が食べ頃です。

部位によって味の特徴が異なり、
それに適した食べ方が楽しめるのが
青首大根の魅力といえます。

大根の葉は、栄養がたっぷり。

炒め物や漬物に最適。

根上部の青首部は
甘みを強く感じるので、
サラダや和え物などの
生食におすすめです。

ボリュームのある根中ほどの胴部は、
みずみずしく、上部と同じく
辛みが少ない部分なので、
おでんやぶり大根、
豚バラ肉と大根の甘辛煮など、
煮物に最適です。

根の下部は辛みが強い部分なので、
大根おろしなどの薬味に
適しています。

また、大根の豊富な栄養価は、
昔から知られており、民間療法
としても重宝されていました。

消化酵素ジアスターゼ(アミラーゼ)
が豊富に含まれており、
胃もたれや二日酔いに有効なのは、
みなさんが知るところです。

そのほか、
辛み成分のイソチオシアネートは、
血液をさらさらにし、血栓を予防。

白血球の活性化に伴って
免疫力を高めたり、
殺菌効果もあります。

オキシダーゼと呼ばれる酵素には
発がん抑止効果があり、
コゲ目のある焼き魚との相性が抜群。

おろし汁には消炎・冷却効果がある
ので、発熱や頭痛、のぼせ、
火傷の緊急対応などに
効果があるとされます。

普段捨てがちな大根の皮や葉は、
さらに高い栄養価の宝庫。

表皮には中心部とくらべて
約2倍ものビタミンCが含まれ、
毛細血管を丈夫にするとされる
ビタミンPも含まれます。

葉にはビタミンAやビタミンC
をはじめ、β—カロチン、カルシウム、
ナトリウム、リン、鉄などの
ミネラルが豊富です。

日本酒と一緒に大根料理を食べる。

アルコールの分解促進や
豊富な消化酵素による
胃への優しさを考えるなら、
大根おろしや皮の部分を使ったサラダ
など、ぜひ生食の一品を
加えてみてください。

栄養価が高い旬の時期ならではの
自然の恵みともいえるでしょう。

令和初のクリスマスの過ごし方…
聖夜にふさわしい日本酒「天使の吐息」。

今も昔も、「クリスマス」の“特別の日感”は続いています。

ひと昔前の「クリスマス」は…
というと、恋人同士にとっては
1年でもっとも大切なイベント。

その様子を夢いっぱいに
表現したのが、JR東海の
“シンデレラ・エクスプレス”
のCMでした。

正確には、遠距離恋愛の恋人達が
週末に東京で一緒に過ごし、
東京発新大阪行きの最終となる
21時発“ひかり289号”(当時)
のホームで繰り広げられる
別れのドラマがテーマ。

恋人達の別れをシンデレラの
魔法が解けることになぞらえた
イメージキャンペーンの総称が
“シンデレラ・エクスプレス”
で松任谷由実のCM曲が流れます。

そして、とくにクリスマスシーズンに
スポットをあてたものが
“クリスマス・エクスプレス
(1988〜1992年・2000年に放映)”。

こちらは遠距離恋愛の恋人達の
再会シーンを切り取ったモノで、
背景に流れるのは山下達郎の
“クリスマス・イブ”。

いまだにクリスマスシーズンになると、
この曲が街に流れるほどの定番曲に。

当時の「クリスマス」の
“特別の日感”は今よりも強く、
かつては、高額なプレゼントや
一流フレンチでのディナー予約の
殺到など、イブを迎えた夜の街は、
カップルで賑わっていました。

バブル崩壊以降、
社会状況は大きく変化。

長引く不況もあって、
高額ギフトや豪華なディナーは
以前とくらべると少し収まり、
一緒に時間を過ごすことに
重きを置く傾向に。

“モノからコト消費”への意識が
より一層高まってきたといえます。

不況は外食に対する意識にも
大きく変化をもたらしました。

節約ムードが外食控えを招き、
客離れを阻止するために
低価格路線に大きく舵を切った
外食業界。

それに拍車を掛けたのが、
スーパーで買うお惣菜やコンビニ食材
などの、低価格、豊富な品揃え、
高品質化が進んだ、
いわゆる出来合いの料理を持ち帰って
食べる“中食”ニーズです。

大きく社会背景が変わった現在、
いまだに“クリスマスは、特別の日”
という感覚があるのも事実。

高度経済成長期以降の親世代からの
“楽しい想い出の継承”
なのかもしれません。

ワイングラスとの出会いが「日本酒」の世界の幅を広げました。

とはいえ、「クリスマス」を楽しむ
舞台は、多方向に向かっています。

そのひとつに、ごった返す街を離れ、
時間を気にせず、恋人や仲間、
家族と一緒に、家で過ごす
“外”から“内”を選ぶ方が
年々増えているそうです。

家食により、
「クリスマス」に出てくる料理の
ジャンルが増えたことで、
アルコール飲料の幅も広がり、
「クリスマス」に日本酒が
飲まれる機会も増えました。

昔なら「クリスマス」はチキンと
ワインやビールというのが定番。

一方、日本酒は“鍋料理と熱𤏐”という
一般的に過ごす寒い冬の定番で、
「クリスマス」とはほど遠い存在でした。

ところが、ワイングラスで飲んで
美味しく感じる日本酒を品評する
「ワイングラスでおいしい
日本酒アワード」など、近年、
日本酒をワイングラスで楽しむ
スタイルとの出会いが、その嗜み方に
大きな変化をもたらしました。

従来の味わいに加え、より深く
香りを楽しむということです。

昔ながらの“お猪口で𤏐酒”だけでは
、酒質に応じた最高の美味しさ
を生かしきれませんでした。

香りを纏った日本酒は、
和食だけでなく、
同じ発酵食品のチーズや脂っこい中華
、濃い味の料理との相性がよく、
自由な楽しみ方ができる家食の
「クリスマス」で、
その存在感が増しています。

そんな中、シャンパンの代わりに
おススメしたいのが、
菊正宗のスパークリング純米大吟醸
「天使の吐息」。

開封直後の上質な発泡感と清涼感で
ひとときを楽しんだ後、
ボトル半ばを過ぎたあたりから感じる
、美味しいコクと深い香りを醸す、
沈殿したオリの「うすにごり」。

1本で2度楽しめるサプライズ感から
、女性を中心に人気が高まっています。

名前も「クリスマス」にぴったり
のお酒で、オシャレなボトルも好評。

時代とともに変化する
「クリスマス」の楽しみ方は多彩。

令和初の「クリスマス」は、
「天使の吐息」とともに、
華やかな聖夜に
ひたってみてください。

「お歳暮」は、先様の笑顔を思い浮かべて、格別な日本酒で。

時代小説「半七捕物帳」にも登場する「お歳暮」。

今年もお歳暮の時期となりました。

ついこの間、新年を迎えた
ばかりなのに…と思いつつも、
時代は平成から令和へと移り、
また台風直撃による爪痕も
いまだに残っている、
意外と長い“激動の1年”でした。

ここ数年、毎年のように
自然災害に見舞われることが多く、
改めて人と人の繋がりの大切さが
再認識される傾向にあります。

そんな中、感謝の気持ちを
カタチとして贈る「お歳暮」が
見直されていることを
ご存知でしょうか。

従来の儀礼的な役割だったものが、
個人の繋がりを重視した、
年末に贈るギフトの役割に。

つまり、より身近で信頼できる人や
繋がりたい人を大切にすること
を意識して「お歳暮」を贈る
傾向が強まっているようです。

さて、「お歳暮」の風習が
庶民の暮らしに広まったのは
江戸時代…ということを
以前に紹介しました。

江戸中期から末期にかけて、
歳時的な行事などの
武家社会のしきたりが
一挙に庶民に広まった
町民文化の最盛期です。

その当時の庶民の暮らしぶりは、
古い時代小説「半七捕物帳」に
垣間みることができます。

「半七捕物帳」は、
岡本綺堂による時代劇ですが、
探偵小説の要素も持ち合わせた傑作。

1917年(大正6年)から中断を経て
1937年(昭和9年)に発表された
作品で、明治になって、新聞記者の
“わたし”が半七老人から、
過去の岡っ引き時代の話を聞き出す
という構成で、江戸の化政文化
(江戸を中心として発展した町人文化)
から幕末期にかけての事件が
オムニバスで紹介されています。

この作品が発表されて以降、
数多くの時代劇小説や
謎解きをはらんだ探偵小説、
オムニバススタイルの作品
などが生まれたといわれ、
近代文学のランドマーク的な役割を
果たした作品にも数えられるほど。

緻密で厳密な時代考証をはじめ、
作者自身の伝聞や記憶などをもとに、
江戸八百八町をみごとに再現した
情趣あふれる作品で、
小説としてのみならず、
当時の町民文化を細かく描写している
風俗考証の資料としても
高い価値を得ています。

この「半七捕物帳」に
「歳暮」のくだりが度々登場します。

「…ある年の十二月十九日の宵に、
わたしは詰まらない菓子折を持って、
無沙汰の詫びと歳暮の礼とをかねて
赤坂の家をたずねると、
老人は二人連れの客を門口へ…」

「…わたしも歳末は忙がしいので、
冬至の朝、門口から歳暮の品を
差し置いて来ただけで、
年内は遂にこの話のつづきを
聞くべき機会…」

「…節季師走に気の毒だな。
あんまりいい御歳暮でも無さそうだが
、鮭の頭でも拾う気でやってくれ…」

江戸の町民たちの暮らしぶりが
判りやすく描かれています。

また、「半七捕物帳」以外の
岡本綺堂作品にも、
「歳暮」という言葉が、
しばしば登場しています。

 

江戸時代より続く「お歳暮」は、その年を締めくくる大切な“ご挨拶”。

ちなみに「歳暮」と同じく、
「中元」という言葉も、
岡本綺堂作品には
よく登場しています。

「お歳暮」や「お中元」は、
江戸の昔より続く、
庶民文化にも根付いた
大切な“季節のご挨拶”として、
連綿と続いて定着した
“おもてなし文化”のひとつに
位置づけられています。

「お中元」は、
半年間の感謝の気持ちと、
健康を願う気持ちで
品物を贈る風習で、
「お歳暮」は1年の最後を
締めくくるご挨拶という
意味合いが強い風習なので、
どちらか片方だけを贈る場合は、
やはり1年の締めくくりとなる
「お歳暮」ということになります。

菊正宗では、新年を祝うのに
ふさわしい“超特撰 嘉宝蔵 雅”
“超特撰 生酛純米大吟醸”
“超特撰 嘉宝蔵 極上”という
菊正宗が誇る銘酒をセット
にした「通の極み」や、

丹波杜氏伝承の生酛造りで醸した
大吟醸酒に金箔が舞うセットで、
化粧箱内側に描かれた
優雅な屏風絵が新年にぴったりの
「菊正宗 金箔入り屏風絵セット」、


灘の生一本の極致ともいえる
“超特撰 嘉宝蔵 雅”と
生酛造りにより丁寧に醸された
特別本醸造酒“超特撰 嘉宝蔵 極上”
という、とくに人気の高い2本を
組み合わせた
「菊正宗 嘉宝蔵 雅・極上セット」
など、さまざまなセット商品を
ご用意しています。

また、スパークリング純米大吟醸酒
「天使の吐息」や、
季節限定の謎に充ちた「可惜夜」など、
ネットショップでしか買えない
先様に喜ばれるお酒を
お求めいただきやすい価格にて
提供させていただいています。

生活スタイルがどんどん変わって、
ご近所付き合いなどが
希薄になっている昨今。

昔ながらの「お中元」「お歳暮」
によるご挨拶という、
日本独特の風習は、
末永く続けていきたいものです。

 

“勤労感謝の日”は、歴史のある「新嘗祭(にいなめさい)」が前身。

“祝祭日”と呼ぶのは誤り。正確には“国民の祝日”。

よく、“祝祭日”という
呼び方を耳にしますが、
これは正しくありません。

皇室での儀式や祭典などの
祭祀(さいし)が行われる日のことを
“祭日”と呼び、一般的な“祝日”と
ともに休日とされていたことから、
その総称として“祝祭日”
と呼んでいました。

しかし、戦後1948年
(昭和23年)に
「国民の祝日に関する法律」
が制定されて以降、
“祭日”は廃止され、
一部は名称を変更して
祝日となりました。

ちなみに、私たちが使っている
“祝日”は略称で、
正しくは“国民の祝日”。

驚くのは、“祭日”が廃止されて
約70年も経つのに、
“祝祭日”という呼び方が
一部に残っているということです。

間近の“祝日”である
11月23日の「勤労感謝の日」も、
かつては「新嘗祭(にいなめさい)」
という“祭日”でした。

「新嘗祭」の起源は古く、
古事記に天照大御神が
「新嘗祭」の神事を行った
記録が残されています。

“新”は新穀(初穂)、
“嘗”はご馳走の意味を持ち、
その年に収穫した新穀(初穂)を
神前に供えて、
その恵みに感謝する行事です。

2月17日の「祈年祭(きねんさい)」
と対となる神事で、「祈年祭」で
その年の五穀豊穣を願い、
「新嘗祭」で感謝します。

毎年11月23日には、
宮中三殿の近くにある
神嘉殿(しんかでん)で、
天皇が五穀の新穀を供え、また、
自らもこれを食べ、その年の
収穫に感謝する(収穫祭)とともに、
神の御霊を身に体(たい)して
生命を養うなどの神事が
執り行われます。

この日には、伊勢神宮で神饌
(しんせん/神に供える酒食
(しゅし))を備える
「新嘗祭大御饌の儀
(にいなめさいおおみけのぎ)」
や幣帛(へいはく/神前の供物)
と五穀を供える
「新嘗祭奉幣の儀
(にいなめさいほうへいのぎ)」
などの儀式が行われるなど、
全国各地の神社で、
その神社ごとに伝承されている
「新嘗祭」が斎行されるのが、
通年の歳時行事です。

 

今年は「新嘗祭」ではなく、一代一度の「大嘗祭」。

今年の「新嘗祭」は、
少しばかりその様相が異なります。

天皇陛下の即位後、
最初に執り行われる「新嘗祭」は、
大きな規模となる
「大嘗祭(だいじょうさい)」で、
天皇陛下一代に一度、
皇位継承に伴う宮中祭祀に
位置づけられています。

「大嘗祭」は
637年に即位した天武天皇の時に
“一代一度”と定められました。

途中、戦乱で一時の中断は
あったものの、約1300年続く、
皇位継承の大切な儀式です。

令和元年11月14日(木)から
11月15日(金)にかけて、
「大嘗祭」の中心的儀式
“大嘗宮の儀”が
厳かに執り行われました。

皇居東御苑敷地内に
約3ヵ月かけて設営された
大嘗宮(だいじょうきゅう)で、
斎田で収穫された米などを
天照大御神やすべての神々に、
天皇陛下がお供えされ、
天皇陛下自らもそれを食べ、
五穀豊穣や国と国民の安寧
を祈念しました。

また、この儀式に先駆けて、
「大嘗祭」で使う米を収穫するための
東西ふたつの地方を決める
“斎田点定の儀
(さいでんてんていのぎ)”が、
宮中三殿にある神殿で行われました。

亀の甲羅をあぶってひびの入り具合で
物事を定める、“亀卜(きぼく)”
と呼ばれる宮中に伝わる占いにより、
「大嘗祭」で使う米を収穫する
東の“悠紀(ゆき)地方”に
栃木県の“とちぎの星”、
西の“主基(すき)地方”に
京都府の“キヌヒカリ”を選定。

9月27日に“斎田抜穂の儀
(さいでんぬきほのぎ)”が、
東西の斎田で行われました。

日本の歴史をひも解いていくと、
その多くの側面に、
“米”が重要な位置を占めています。

そして、米の恵みによって造られた
日本酒も、神事に欠かせない
大切な供物(くもつ)のひとつに
数えられることも少なくありません。

なかなか機会の少ない「大嘗祭」の
この年、身近な安寧に願いを込めて、
一献いかがですか。