ワインのように、日本酒に“当たり年”ってあるの?

野菜は、ストレスで美味しくなる場合もある。

昭和の昔、子どもたちの多くは、野菜
があまり好きではありませんでした。

その中でも、青臭いトマト、
少し苦みのあるピーマン、
独特な味のニンジンは
苦手野菜の代表格。

そして時を経て4人に1人が
平成生まれとなった現在、
ある種苗会社が野菜の好き嫌い
を調査したところ、
子どもたちの野菜に関する嗜好は
少々変わってきているようです。

2018年の子どもが嫌いな野菜
ランキングは、第1位がゴーヤ、
第2位がセロリ、第3位が春菊、
第4位がピーマンとモロヘイヤ…と、
意外と渋い結果に。

ちなみに好きな野菜のランキングは、
第1位がトマト、第2位がジャガイモ、
第3位がとうもろし。

驚くことに9位にニンジンが
ランクインしています。

子どもが好きな野菜の決め手は、
全般的に“甘み”で、嫌いな野菜は
“苦み”が影響しているようです。

こうした野菜の嗜好が変わってきた
背景には、品種改良によって
食べやすくなったことや、
料理バリエーションの大きな広がり、
豊富な調味料やドレッシングなど、
“美味しく食べるため”の工夫を
見つけることができます。

また、栽培方法でも、
“美味しく食べるため”の研究
が積み重ねられました。

野菜生育時の
「ストレス栽培」なども、
こうした大きな改良のひとつです。

元々、私たちが普段食べている
野菜の多くは海外が原産地。

気候や土壌など、日本の
生育環境との相性が必ずしも
良いという訳ではありません。

そこで、日本向けに改良を重ねた
品種の特性を引き出すために
ストレスを与えることで、
美味しさや収穫量をより
一層向上させるという栽培法です。

夜間の生育温度を低くしたり、
低温で貯蔵する「温度ストレス」や、
海水散布による「塩ストレス」、
水分供給を制限する「水分ストレス」
、“根切り”や“剪定”も
植物にとっては一種のストレス。

野菜の種類や品種によって
ストレス負荷が異なるため、
栽培している品種の適正を
良く知ることが大切です。

トマトへの水分制限をすることで、
植物が自ら持つ成長を促すキッカケ
をつくり、より糖度の高い
“フルーツトマト”を生育するなども、
この栽培法を代表する成果
とされています。

それでは、農産物のひとつである米
や酒米の栽培方法の特性は
どうなっているのでしょうか。

日本酒造りは農業の延長線上に…栽培環境の理解が大事。

酒米の品種改良には少なくとも
10年以上の歳月が必要といわれ、
誕生から約70年にもなる「山田錦」
が、いまだ最高峰を
キープし続けています。

酒米の品種改良そのものが困難
であることは、推して知るべし
といったところでしょう。

一般的に、美味しいお米が育つ
条件は、「昼夜の寒暖差」
「ミネラルを含んだ水」
「水はけの良い肥沃な土壌」、そして
「米に精通した栽培者」とされます。

これが酒米ともなると、
食米より稲穂の背丈が高く、
米粒が大きく重くなるため、
一般米とくらべて稲にかかる負担が
大きく、倒稲しやすいのが実情。

また一般米とくらべて、
酒米の植え付け時期が早く、
収穫が遅い晩生のため、
台風被害を受けやすく、
栽培の難易度は格段に高まります。

さらに大切なのが、気象条件。

以前は長年にわたる経験から、
米の出来具合に合わせて酒造りを
微妙に変えていましたが、
近年は気象条件と醸造適正を
科学的に解明するための研究
が進められています。

同じ品種の酒米であっても気象条件
によってでんぷんを構成する
アミロペクチンの構造に違いが
生まれるのではないかという
仮説に基づいてのこと。

旨い酒を造るために、醸造工程での
蒸米の高い消化性が重要で、
でんぷんを構成するアミロペクチンの
分子構造が大きく影響します。

そこで、人工気象室での何年にも
わたる実験の結果、稲の登熟期
(出穂後の時期)の気温が高くなると
アミロペクチンの側鎖(そくさ/枝)
が長くなり、蒸米が消化されにくく
なることが判明。

アミロペクチンは、ブドウ糖を構成
する分子の鎖が房状に枝分かれした
構造で、この枝(側鎖)が短いほど
消化されやすく、逆に側鎖が長いと
酵素の働きがより一層必要となるため
、消化性が一気に低下します。

さらに、出穂後1ヵ月間の
平均気温が高くなるほど
消化性が低くなることがわかりました。

猛暑の年の米は
硬く醪(もろみ)で溶けにくく、
逆に涼しい年は溶けやすい
という経験則と一致。

つまり、経験の積み重ねで受け継がれ
てきたことが科学により実証
されたことになります。

これにより酒米の登熟期の気温
をもとに、米の消化性を比較的
高い精度で予測できるようになり、
醸造作業をはじめる前の消化性の
予測が、原料米の利用率向上や
品質向上にもつながることになります。

ワインの場合、ブドウ収穫に伴う
「当たり年」というものがあります。

米もその年の気象環境に大きく影響
されますが、「当たり年」
などという表現はなく、
“今年のお酒は美味しくない”など
という消費者の声も聞きません。

天候の影響は、
麹のつくり方などで調整を行い、
それぞれのブランド品質を維持
しているからに他なりません。

日本人の“知恵”と“経験”の
成せる技といえます。

猛暑や台風、大寒波、豪雨など、
異常気象が続く昨今、
気象環境への俊敏で柔軟な対応
がより一層求められる時代。

何気なく飲んでいる日本酒の味が
“いつも通り”と感じている裏には、
深い技術が眠っています。

日本酒の定番ともなった「さけパック」。

菊正宗 ピン 2018

毎年11月1日は、キクマサピンの日。

毎年11月1日は
「キクマサピンの日」です。

これは一般社団法人日本記念日協会
に認定された
レッキとした公式の記念日。

秋が深まって
日本酒が美味しくなる季節、
そして「ピン=1」にかけて、
1が3つ並ぶこの日を
「キクマサピンの日」として
登録したものです。

数字の「1」がピンと呼ばれる
由来をご紹介します。

「ピンからキリまで」
という慣用句があり、
“最上のものから最低のものまで”、
または“最初から最後まで”を
表す表現として使われていますが、
「キクマサピン」はこの最上を
願って命名されました。

ピンは“点”を意味するポルトガル語
「pinta(ピンタ)」が語源と
なってカルタやサイコロの目の
「1」をピンと呼ぶようになり、
転じて“初め”“最上”の意味
として広まりました。

「キリ」は“限り”を意味する「切り」
を語源といわれています。

その意味は、
“終わり”“最低”を表しています。

また、花札の“桐”からというのも
有力な説。

花札には12種類の植物が描かれて
いますが、それぞれに月が
当てはめられ、松は1月、梅は2月
…最後の12月が桐。

最後の月を表す“桐”からきている
ということです。

その他にも、“十字架”を意味する
ポルトガル語「cruz(クルス)」
が転じた語で、「十」の意を持ち、
“終わり”を意味するという
説もあります。

キクマサピンの発売は
1983年(昭和58年)9月にまで
さかのぼります。

当初から紙パックのお酒として
販売していましたが、
翌1984年(昭和59年)1月に
「ピン」の愛称がつけられ、
テレビCMなどを通じて、
お茶の間に浸透していきました。

キクマサピン発売から35年
経った今も、菊正宗の“顔”
となる商品としてロングセラー
を続けている訳は、
その深い味わい。

日常飲みの“ケ”のお酒として、
晩酌に欠かせない定番としての
地位を確立している証といえます。

地球に優しい日本酒業界。

江戸の昔、酒屋の店頭に並んだ
樽から、客が持ち込む陶器製の
通い徳利やひょうたん徳利などに
お酒を入れる量り売りスタイル。

それが明治になり、ガラス瓶が
使われるようになりました。

大正時代には、機械による一升瓶の
大量生産が可能になったことで、
瞬く間にガラス瓶が普及。

それまで地産地消が主とされていた
地酒を、他の地域へと容易に運送
できるようになったのも
ガラス瓶の功績のひとつ。

ガラス瓶は、実に100年以上も
前から現在に至る“日本酒の容器”
として定着することとなりました。

計量単位が変更になった今でも、
720mlを「四合瓶」、1.8Lを
「一升瓶」と呼ぶ習慣は、
長い歴史が物語っているといえます。

この長い歴史の背景には、ガラス瓶が
全国統一の規格であったことと、
酒販店や自治体、回収業者の連携に
よるリターナブル瓶(回収再使用瓶)
ということがあげられます。

とくに日本酒の酒瓶は、
“リユースの優等生”に例えられる
ほど回収率が高く、
この瓶回収の仕組みは
早くから確立していました。

現在でも、約8割が
回収瓶を使用しています。

ところで、1.8L瓶の出荷量は
全体の約3割、その他サイズの瓶が
約2割、紙パックは実に約5割を
担っているのをご存知でしょうか。

それほど紙パックの日本酒は、
家庭に定着しているのです。

紙パックの日本酒が最初に登場した
のは、1960年代後半のこと。

最初に180mlの三角形の紙パックが
登場し、やがて1.8L紙パックと
なりましたが、当初はお酒への
紙の臭い移りや日本酒の液漏れが
あったため、全国的な普及には
至りませんでした。

そこから紙パックの構造の研究
が進み、幾重もの多層構造
となって、問題点が解消され、
一気に紙パックの普及へ。

キクマサピンは発売当初から
5層構造で、美味しさをキープ
しています。

紙パックのお酒とはいえ、
侮るなかれ。

35年のロングセラー
「キクマサピン」の深い味わいは、
長い歴史の中で、より一層磨き
をかけ、菊正宗の主力商品として
やがて訪れる50周年、100周年を
見据えています。

11月1日はキクマサピンを
お試しあれ。

菊正宗 ピンパック900ML 

秋ならではの醍醐味「きもとひやおろし」。

きもとひやおろし本醸造

 

待ちに待った
“ひやおろし”の季節到来。

日本酒ファンの密かな楽しみ
のひとつとされているのが、
秋に発売される「ひやおろし」です。

“秋あがり”“秋晴れ”と称されることも
ある“ひやおろし”は、冬から春に
かけて仕込んだ酒を搾って火入れ
(約60〜65℃に加熱殺菌)を行い、
夏の暑い時期に、ひんやりとした
涼しい酒蔵でゆっくりと熟成。

夏の暑さが和らぎ、外気と蔵の
温度が同じになった頃合いの
秋に出荷されるお酒といえます。

灘酒は“男酒”ともいわれ、春先の新酒
に感じるダイナミックな荒々しい
味わいや華やかな香りが特徴のひとつ
ですが、ひと夏を越え、約半年間の
熟成によって香味が整い、味わいが
丸くなり、酒質が格段に向上したもの
が“ひやおろし”として出荷されます。

日本酒は通常、品質を変化させる
酵母や酵素の働きを止め、
酒質劣化の原因となる火落ち菌を
死滅させるため、搾った直後と
出荷前に2回の火入れという
加熱処理を行います。

火入れをすることで、お酒の
味や香りが落ち着き安定します。

“ひやおろし”は、出荷前の2度目の
火入れを行わない「生詰め酒」。

火入れを1回しか行っていないため、
ゆるやかな熟成が魅力のお酒
といえます。

手前味噌となりますが、
菊正宗の“ひやおろし”の魅力は、
繊細に広がる味と香り。

昔ながらの手間ひまをかけて
手塩にかけて育てた旨味が冴える
「生酛(きもと)」が成せる技。

生酛ならではの繊細で深い味わいが
熟成によってさらに旨味を増し、
食べ物が美味しくなる
これからの季節の食材との相性も
抜群の円熟味を醸し出します。

この味わいに
菊正宗“ひやおろし”ファンは
酔いしれ、この時期のみの限定出荷
という希少性も相まって、
毎年この時期を心待ちされている
との声を耳にします。

ちなみに、“ひやおろし”は、
漢字で“冷卸し”と書き、
“冷や(常温)”で貯蔵し、
秋に卸すため、この名が
つけられたといわれています。

 

きもとひやおろし大吟醸

“ひやおろし”と火入れの関係。

“ひやおろし”に大きく関わっている
のは火入れの工程です。

2回目となる出荷前の火入れを
行わないため、ゆるやかな瓶内熟成
による微妙な酒質の変化を楽しめる
のも「生詰め酒」ならでは
の醍醐味です。

“ひやおろし”ファンなかには、
発売と同時にまとめ買いをされ、
数ヶ月をかけて、
味の変化を楽しまれる
“ひやおろし通”の方もちらほら。

酒質を左右する火入れについては、
奈良・興福寺の僧侶が遺した
「多聞院日記」の記述に
残されています。

多聞院日記は1478年の戦国時代から
1618年の江戸初期までの140年間
にわたって記されたもので、1560年に
「酒を煮させて樽に入れ了(おわ)る、
初どなり」という記述から
醸造工程において火入れが
行われていた当時の様子が伺えます。

「多聞院日記」から
約300年の時を経た明治初期。

東京帝国大学(現・東京大学)に
招かれた英国人化学者
ロバート・ウィリアム・アトキンソン
が「日本醸酒編」という著書で
“300年前にいったん酒液を熱して
幾と耐うべからざるに至らしめ、
もってこれを予防するの法を発見”
と、驚きとともに記しています。

これは、彼が来日していた明治当時、
ヨーロッパにおいてフランスの
細菌学者パスツールが、低温殺菌法
というワインの腐食防止技術を
発表したばかり頃。

それと同じ理論の火入れが
約300年前から日本酒醸造の技法
として取り入れられていた
のだから驚くのは当たり前。

日本酒は、長い経験による知恵の中で、
貯蔵・熟成の高度な技術を確立
していった世界に誇る類い稀な飲み物
といっても過言ではありません。

ボジョレー・ヌーヴォーほど
厳格なものではありませんが、
“ひやおろし”の解禁日は、
毎年9月9日の重陽の節句。

解禁日から約1ヶ月を過ぎた現在、
残りもわずかとなりました。

 

きもとひやおろし飲み比べセット

 

菊正宗では、“ひやおろし”ファンの
ご要望にお応えするため、
「“ひやおろし”の大吟醸と本醸造の
飲みくらべセット」や、
「“ひやおろし”と選りすぐりの
酒の肴セット」、「“ひやおろし”と
2回の火入れを行った飲みくらべ
セット」など、いろいろ楽しめる
セットを多数ご用意しております。

数量限定出荷の商品なので、
売り切れる前に、ぜひご自身の口で
お確かめください。

きもとひやおろし体感セット

こだわりのお米のお話。

揺るぎない酒米ブランド「山田錦」。

ひと昔前、お米といえば、
「コシヒカリ」、「ササニシキ」の
二大ブランドが席巻していた米市場。

近年になり、“魚沼産コシヒカリ”など
米の産地がブランドとして認知され、
さらには品種改良によって
“あきたこまち” “ゆめぴりか”
“ひとめぼれ” “森のくまさん”など、
全国各地で特A銘柄に指定される
品質の高い米が生産されるように
なりました。

その背景には、ネット通販などの
流通環境の進化により、
全国津々浦々で購入できるように
なったことも大きな要因の
ひとつです。

日本人のDNAには、
米へのこだわりが組み込まれて
いるような気がします。

日本酒にとっても、
仕込みに使う“水”とともに、
その原材料となる“米”は
とても大切なもの。

日本酒に適した米といって、
日本酒好きが真っ先にあげるのは
「山田錦」です。

その歴史は古く
1923年(大正12年)に、
兵庫県立農事試験場(現在の兵庫県立
農林水産技術総合センター)
で産声をあげ、1936年(昭和11年)
に兵庫県の奨励品種
「山田錦」として登場。

それ以降、約80年以上
にもわたって酒米(酒造好適米)
として不動の地位を
確立してきました。

現在、全国の生産量の約8割を
兵庫県産が占め、
とくに三木市や加東市の一部は
特A地区に指定されています。

全国の新酒鑑評会では山田錦を
原材料にした出品酒の金賞受賞率
が高いのも特長のひとつです。

このほか、北陸を中心に
普及している「五百万石」や
長野「美山錦」、新潟「越淡麗」、
広島「千本錦」などが酒米として
名を連ねています。

そして、山田錦の遺伝子を受け継ぐ
「兵庫恋錦」は、次世代の日本酒を
担う酒米として期待されるところ。

ご飯として食べる白米と
醸造用の酒米を比較した場合、
長い歴史を持つ山田錦がいまだ
トップの座を譲らないことを
考えると、酒米の品種改良は
かなり繊細で難しいことが
うかがえます。

良い酒米の条件

酒米とご飯として美味しい
白米とでは、その構造に
大きな違いがあります。

酒造りに適した米とは、
一般的に以下のような特徴を持つ
米を指します。

●大粒、軟質である
(精米時に表面を大きく削るので、
大粒の方が削りやすい)
●水に浸した際の吸水性がよい
(蒸米にした時に、
均一の水分量を保つ)
●蒸米が
“外硬内軟(がいこうないなん)”で、
手触りに弾力がある
●麹菌の破精(はぜ)込みがよい
(麹菌の菌糸が米の中心に
入り込みやすい)
●酒母や醪中で溶解性、糖化性がよい
(アルコールの生成が早い)
●タンパク質や脂質が少ない
(タンパク質や脂質は
日本酒になったときの雑味の要因)
●酒質が良い
(日本酒の味や香りに
キレが生まれる)

つまり、醸造時に麹菌が
活躍しやすい構造になっている
ということです。

米の澱粉を糖化しながら、
酵母が糖をアルコールに替えることで
日本酒が生まれますが、
この麹菌がうまく働かないと
美味しい日本酒は生まれません。

そのため澱粉が詰まった
水晶のように透明な一般の白米
ではなく、削りやすい大粒で、
雑味や苦みの原因となる
タンパク質含有量が低く、
中心に「心白」という
白い部分がある品種が
酒米として最適とされています。

心白の白い部分は、スキマができて
光の屈折により曇って見える
状態です。

このスキマから中心に向かって
麹菌の菌糸が入り込みやすいことを
“破精(はぜ)込みが良くなる”
といいます。

米の表層部に多く含まれる
タンパク質や脂質を取り除くために、
酒米の表面を30〜50%も削り落とす
と、球体のようになります。

そこから香り高いお酒になるために
複雑な工程へと進んでいくのです。

 

食卓に並ぶ白米へのこだわり
もさることながら、
日本酒醸造の原料米への
こだわりも妥協を許しません。

日本はつくづく米文化の国
であることを実感します。

生もとは、代々伝わる菊正宗の深い“味わい”。

 

生酛の伝承は、老舗ならではの使命。

一般的な見地として、
現存している世界最古の国が
「日本」ということをご存知ですか。

日本の建国は紀元前660年、
初代天皇を紀元とした場合でも
4世紀までさかのぼります。

2番目に古いとされる
デンマークの建国が10世紀頃なので、
日本はダントツに
古い歴史を持つ国といえます。

長い歴史を持つ
日本だからこそですが、
長寿企業の数も世界一の
「老舗大国」。

世界最古とされる日本企業の創業は、
なんと578年。

「金剛組」という宮大工の会社で、
四天王寺(大阪)の建立に携わった
金剛重光により創業されました。

日本は島国で、他国からの影響を
受けにくいという地の利の元、
仕事に手を抜かずに
一途に打ち込む勤勉な国民性が
企業の存続を支えてきました。

“暖簾に磨きをかける”
という言葉がありますが、
社風やブランド、商品、社員を育て、
それを良い状態で
次の世代に渡すことが“美徳”。

この考えが、
多くの老舗企業の根底にあります。

その中で、
酒造業を営む老舗企業の歴史は、
おおむね約300〜400年。

菊正宗も
老舗のひとつに名を連ね、
約360年もの歴史を刻んでいます。

 

そして…
創業当時の造り方を
今に受け継ぐのが、
「生酛(きもと)」です。

「一麹(いちこうじ)、
二酛(にもと)、
三造り(さんつくり)」
の二番目にあたる
“酒母造り(酛/もと)”の工程で、
菊正宗では昔ながらの“生酛”
を取り入れています。

酒母造りは、麹菌によって
米から生成された糖をエサに、
酵母を大量に培養する工程ですが、
酵母以外の雑菌にとっても、
糖は大好物。

そこで、
雑菌を駆逐するために
必要なのが乳酸の働き。

この乳酸を得る方法として、
「生酛」「山廃」「速醸」
の3種類いずれかの方法をとります。

 

 

 

時代の流れで、
「変わるもの」「変わらないもの」。

「生酛」は、江戸時代に
丹波杜氏が確立した手法で、
昔の日本酒造りに
欠かせない工程のひとつでした。

仕込みの初期の段階は、
半切り桶(小振りの平たい桶)に
蒸米、麹、水を入れ、
「山卸(やまおろし)」
という工程を行います。

“酛踏み
(もとふみ/足で踏んですり潰す)”や
“酛摺り
(もとすり/木の櫂ですり潰す)”
によって丹念にすり潰すことで、
雑菌が繁殖しやすい
水や空気溜まりを
なくすのが目的です。

この作業はかなり過酷で、
寒いさなか数時間置きに
夜通し行う重労働です。

この後、
酒母タンクにひとつにまとめて
表面を平らに整える
「酛寄せ」を経て、
「打瀬(冷やす)」
「暖気入れ(温める)」
工程での温度管理によって、
蒸米の糖化を促すと同時に、
蔵や木桶などに棲む
乳酸菌が大量に自然増殖。

乳酸が雑菌を駆逐した所で
清酒酵母を投入。

清酒酵母が増殖するに伴って
造り出すアルコールが、
乳酸菌を死滅させます。

まさに微生物の世界では、
群雄割拠する
“武将”の覇権争いが行われた
戦国時代の様相を
呈しているようです。

ちなみに、
過酷な山卸を廃止したのが
明治初期に取り入れられた
「山廃仕込み」。

“山卸廃止酛”を略した呼び名で、
最初から酒母タンクに仕込み、
麹の酵素で蒸米を溶解させ
乳酸菌の増殖をうながします。

その後の工程は生酛と同じ手順。

さらに「速醸酛」は、
明治末期に登場した方法で、
現在の主流の製法。

人工的に乳酸を加えるため、
仕込みに要する期間は約2週間。

生酛や山廃が
約4週間程度かかるので
期間的にも約半分
ということになります。

 

 

では、菊正宗はなぜ、
手間ひまをかけた
生酛にこだわるのか

…ひとこと、

“旨い”からにほかなりません。

生酛が確立された江戸時代は、
化学的な知識もなく、
温度管理ひとつとっても勘に頼る、
職人の世界。

多くの失敗を繰り返しながら、
経験を積み重ねて磨き上げた“技”が、
時を経た今も
「生酛」として高い水準を保っている
ことには驚くばかりです。