“実りの秋”。たわわに実った稲穂に想いを馳せる。

「お米」はずっと、お金の代用品としての役割が続きました。

秋も深まり、郊外に足を延ばすと、
たわわに実った稲穂がこうべを垂れ、
一面に広がる
黄金色に染まった景色が、
“実りの秋”を感じさせてくれます。

時折吹く一陣の風が
穂先を揺らす様は、
水面に波紋が広がるような
美しさにも似て、
まさに日本の原風景そのもの
といったところです。

人と稲の付き合いが始まったのは
約3万年前の石器時代のこと。

それまでは
野生の獣や魚、木の実を獲って
食べていましたが、
野生の稲の種子を蒔いて
収穫することを覚え、
食料を生産するようになると同時に、
同じ場所に定住するという概念が
生まれました。

日本に
大陸から米作りが伝わったのは、
約12000年から2500年前の縄文時代。

日本米のルーツとなる
“ジャポニカ米”で、
アジア稲作圏の最後に
日本へと伝播したのですが、
日本の高温多湿な気候風土に
適していたこともあり、
稲作は瞬く間に定着。

日本全国に稲作が広まったのは
紀元前5世紀から
紀元3世紀半ばにかけての
弥生時代とされています。

静岡県の「登呂遺跡」からは、
畦(あぜ)で区分けされた
弥生水田が発掘され、
用水路や水を湛えるための
堰(せき)が整備され、
併せて、
水田の近くに竪穴式住居や
高床式倉庫の跡も見つかっており、
いわゆる“農村”の原型は
この時代に確立し、
米作りを中心に
社会ができていきました。

卑弥呼が治める
邪馬台国が台頭したのも、
ちょうどこの頃です。

大和時代から時を経て、江戸時代へ。

いつの時代も社会の中心にあったのは
“お米”です。

米の生産能力が高く、
多くを備蓄できる古代の豪族や
武家社会の藩が権力を持つ、
いわゆる“お金”の役割ということが
江戸中期辺りまで続きました。

食べ物としての“お米”は
ずっと貴族階級の特権で、
庶民がお米を
食べられるようになったのは
江戸時代になってからのことです。

それも
節句などの特別な“ハレの日”に
食べる程度で、
普段は粟や稗などの雑穀が中心。

時代劇などでは
年貢の取り立てが厳しく、
農民は
米を食べることなどできなかったと
描かれていますが、
実は精米がことの外、重労働で、
日々忙しい農作業にかまけて
自分たちの食事にまで
手が回らなかったという説も。

また、美味しいご飯の炊き方の
“初めチョロチョロ、中パッパ、
赤子泣いてもふたとるな”
という表現は江戸中期に
確立したといわれています。

しかし、現代のように、
当たり前に白いご飯を食べる習慣が
根付いたのは、
第二次世界大戦以降に
なってからです。

お米の品種改良によって
育てやすい品種が生まれ、
農業機械の導入が著しくなり、
精米技術が格段に向上したことなど、
白いご飯を主食とするだけの背景が
整ったといえるかも知れません。

またお米の品種改良は、
食用米だけでなく、
心白の大きい酒造好適米(酒米)の
誕生も促しました。

人との長い付き合いの
“お米”ですが、
現在のように普通に食卓で
美味しく食べられるまでに
要した時間は、
日本に伝わってからの
少なく見積もっても約2500年以上。

この遥かな歴史に思いを馳せ、
美味しくご飯をいただき、
旨い酒を飲む喜びを、
改めて噛み締めたいものです。

きもと造りの本醸造酒を一夏熟成し、生詰めした “ひやおろし 720mL

食欲の秋を彩る「きのこ」づくしの料理を肴に、樽酒で乾杯。

収穫してすぐに産地直送されるから、味も香りも格段に違います。

秋の美味しい味覚とされる
“きのこ類”。

なぜこの時期に
旬が集中するのかというと、
前の年の秋に散らした胞子が
春から秋にかけて種菌が根を張り、
培地となる菌床をカタチづくり、
胞子をまく構造を持つ
“子実体(しじつたい)”
この“子実体”が、
いわゆる“きのこ”のことです。

日本には、4000から5000種類の
“きのこ”が生息し、
その中で食べられるものは
約100種類程度。

市場に流通しているものは、
「しいたけ」や
「しめじ」、「まいたけ」など、
わずかに15種類程度と、
食材としてはかなり狭く
限定されています。

“きのこ”の名前は、
「しいたけ」は椎の木、
「まつたけ」は松の木、
「えのきだけ」は榎の木…
それぞれの倒木や切り株辺りに
群生していたことに由来。

“きのこ”そのものも、
木を宿主として生えていたことから
“木の子”と
呼ぶようになったようです。

さて、
“きのこ”の魅力のひとつに、
その高い栄養価があります。

もちろん“きのこ”の種類によって
若干異なりますが、
どの種類も
100gあたり20kcal前後という
低カロリーなのに、
ビタミンB1、ビタミンB2、
ビタミンDや、カリウムやリン等の
ミネラル類が豊富に含まれます。

また、食物繊維を多く含んでいるのも
大きな特徴のひとつです。

とくに今年は、
猛暑日、熱帯夜が続く酷暑で、
心身ともに疲れ切った状態。

日々不足しがちな
ビタミンやミネラルを手軽に補える
“きのこ”は、
疲労回復や健康増進、
免疫力を高めるなど、
最適の食材といえます。

そんな“きのこ”の調理にあたって
疑問となるのが、
“調理の下準備であらうかどうか”
という点。

料理人や料理研究家の見解で多いのは
“洗わない”という意見。

水で洗うと
栄養素や風味が水と一緒に
流れ出てしまうので、
石づき(軸)を切り落として、
キッチンペーパーや料理用のハケで
土やホコリを軽くぬぐい落とす程度で
下準備は完了。

どうしても、気になる方は
軽く流水にくぐらせても
いいでしょう。

菊正宗ネットショップでは、
奈良・東吉野の
「きのこの館 きのこの詰合せ」を
産地直送でお届けしております。
すべて無農薬で、
湿度管理をしながら、
時間と手間をかけて、
最良のものだけが出荷される
詰合せセットは、
まさに贅沢の極み。

ジューシーで噛んだ時の弾力が
何ともいえない「ぶなしめじ」は、
天ぷらや鍋物に。

菌床の熟成期間を長くとった
濃厚な味わいの「しいたけ」は
焼いた後、シンプルに塩で。

認知症への効果が期待できる
エルゴチオネインを豊富に含む
珍しい「たもぎたけ」は、
歯ごたえが魅力で、
天ぷらや焼き物がおすすめ。

よくいわれる
“香りまつたけ。味しめじ”の
「しめじ」は、「ひらたけ」のこと。

味が濃く、旨み成分も豊富なので、
出汁の風味づけがおすすめです。

鍋物や炊き込みご飯などで
ご堪能ください。

「ひらたけ」は
生産量に限りがあるため、
「ひまらやひらたけ」に
代替されることもあるようです。

週末は
“きのこ”づくしの料理を肴に、
旨い「樽酒」で
秋の夜長を楽しむとしましょうか。

奈良時代の「万葉集」から連綿と続く、季節を代表する「秋の七草」。

“春”は“七草粥”に入れて健康増進、“秋”は季節を鑑賞して楽しむ組み合わせ。

「秋の七草」について
小学生の頃に学んだのは、
はるかに遠い昔の記憶です。

「春の七草」を学んだ印象の方が強く、
どちらかというと「秋の七草」は
そのついでだったような気がします。

また、両方の“七草”を
そんなに意識する機会も少なく、
しいて挙げれば、毎年1月7日の
“人日の節句”に
「春の七草」を使った
“七草粥”を食べることが
ニュースになる程度です。

実は、「春の七草」と「秋の七草」は、
まったく別の組み合わせなのです。

「春の七草」の元になった
“七草粥”は、
“七種菜羹(しちしゅさいこう)”
という7種類の野菜が入った汁物を
食べて無病息災を願った古代中国の
風習が起源です。

これが奈良から平安時代辺りに
日本に伝わり、日本の風習の
“若菜摘み”と合わさって
日本の“七草粥”が誕生しました。

地方によって異なりますが、
定番とされる組み合わせは
鎌倉時代の「年中行事秘抄
(ねんじゅうぎょうじひしょう)」や
「河海抄(かかいしょう)」という
文献で紹介され、
“せりなずな 御形はこべら 仏の座
すずなすずしろ これぞ七草”と
和歌のスタイルで書き記されたのは
室町・足利義満の時代に編纂された
「梵灯庵袖下集(ぼんとうあんそで
したしゅう)」という文献が
初見とのこと。

一方、「秋の七草」は、
「春の七草」のように
食べるのではなく、その美しさを
鑑賞して愛でるのが目的です。

その由来は、奈良時代の「万葉集」に
収められている
“山上憶良(やまのうえのおくら)”の
次の2首の歌とされています。

“秋の野に 咲きたる花を 指折り
(およびをり)
かき数ふれば 七種(ななくさ)の花”
“萩(はぎ)の花尾花葛花瞿麦
(をばなくずばななでしこ)の花
女郎花(をみなへし)
また藤袴(ふぢばかま)
朝貌(朝顔/あさがほ)の花”。

現在では印象が薄い感のする
「秋の七草」ですが、
「春の七草」よりも歴史は古く、
日本で代々受け継がれてきた
秋の草花に対して親しみを込めて
まとめたものといえます。

“萩”は四季を通して万葉集で
もっとも多く詠まれている代表格の花。

“尾花”はすすきの別称で、
花としてはやや地味ですが
秋を代表する植物です。

“葛花”は秋になると葉の間から
大きな赤紫の花を開花させます。

“なでしこ”は
日本の女性を表すときに例えられる
繊細で可憐な花。

“女郎花”も万葉集でよく詠まれる
昔から馴染みの深い花のひとつです。

上品な“藤袴”も
秋を代表する花のひとつです。

“朝貌(朝顔)”については、
私たちが知る“朝顔”はこの時代に
日本に伝わっておらず、
平安時代に編纂された
「新撰字鏡(しんせんじきょう)」
によると“桔梗”を
指しているようです。

また、“葛(葛根)”“桔梗”
“女郎花(敗醤根)”などは、
生薬や民間薬として用いられ、
風邪の初期症状への処方に
期待が持てるとか。

派手さはないものの、長年にわたって
季節を彩る花として私たちの生活に
馴染んできた「秋の七草」。

野原を散策する機会があったら、
足を止めて、昔の歌人にならって、
これらの花を愛でる時間を
大切にしたいものです。

サンマの漁獲量が激減していますが、それでも家計に優しい旬の味覚です。

産卵前の旬のサンマは、秋が旬。熱燗との相性は抜群です。

まだまだ夏の暑さは残るものの、
朝夕の風に涼しさを
感じる季節となりました。

とくに肌寒く感じる夜に
いただく熱燗は格別です。

旬を迎える秋の味覚を肴に
至極のひと時といきたいところ。

暑い夏を乗り切り、
やや涼しくなった秋の気候とともに、
夏バテで疲れた身体が
本能的に栄養を補うかのように訪れる
“食欲の秋”。

もしかすると、秋に食欲が増して、
食べ物を一層美味しく感じるのは、
自然の摂理なのかも知れません。

そんな秋の味覚の
代表格ともいえるのが、サンマです。

サンマは太平洋の真ん中に位置する
ハワイ諸島北の海域辺りに生息。

秋になって産卵のために
回遊する群の一部が
日本近海を通過するのを狙って
一斉に漁獲するのが、
秋のサンマです。

この時期にしか獲れない
産卵前のサンマは、
脂がのって肉厚で栄養たっぷり、
まさに旬の美味しさが魅力です。

そんなサンマですが、
ここ近年不漁が続き、
その原因はいくつか挙げられます。

冷たい水温を好むサンマは
北海道の東側から三陸に向けて
流れる親潮の潮流に乗って
日本の近海を回遊するのですが、
地球温暖化の影響で海水温が上昇して
北海道の東海域に
“暖水塊(暖かい海水域)”エリアが
広がったことでサンマの回遊ルートが
日本近海から遠ざかったことが
ひとつめの理由です。

またサンマの寿命は約1〜2年と短く、
産卵した卵の生き残る数によって
漁獲資源の量が決まりますが、
調査を開始した2003年(平成15年)は
467万tの漁獲高だったのに対して、
2022年(令和4年)には
1万8000tあまりにまで
落ち込んでいます。

この原因はマイワシが増えたから
という説が有力です。

マイワシは、サンマと同じ
プランクトンを餌にしているため、
サンマ本来の生息エリアから
追いやられて、分布域が狭まり、
繁殖の絶対数が大きく減っているとの
見方が有力です。

さらに、世界全体の漁獲量の
約80%は日本の独占状態でした。

光に集まるサンマの習性を利用して、
誘導灯でサンマを集めて網に追い込む
“棒受け網漁”という漁法により、
日本近海のものだけを
夜間に獲る日帰りなので、
主に中型船での操業。

しかし、近年になって、
中国や台湾、ロシアが冷凍設備を
備えた大型漁船で公海にまで
進出するようになり、
サンマが日本近海に来るまでに
獲られるため漁獲量が
激減していのが実状。

ただしサンマの資源管理を話し合う
国際会議が開かれ、
年間の漁獲上限25万tで合意。

日本の漁獲上限は約11万8000tまで
承認されています。

かつて、安定した低価格で
流通することから
“物価の優等生”と称された卵は、
鳥インフルエンザの影響や
餌となる飼料の高騰から
1パック10個入りが200円前後から
300円超へと値上がりしました。

サンマも長きにわたって
“庶民の魚”として1尾70円台から
200円前後と高くなっていますが、
それでも高級魚とまではいかず、
家計をやりくりすれば
普通に手が届く価格帯です。

食生活が多様化し、
魚を食べる機会が以前と比べて
かなり減っている今、
脂ののった美味しい
旬のサンマをこんがりと焼いて、
熱燗の肴にいただくとしましょうか。

アワビの旬は、夏。やや高価ですが、年に一度は楽しみたいもの。

アワビと瓜二つのトコブシ。意外とアワビに近い旨さを味わえます。

あまり知られていませんが、
アワビの旬は、夏のこの時期。

暖かい海で育つアワビは、
海水温が20℃前後になる晩秋から
冬にかけて産卵期を迎えます。

産卵に備えて
身にたっぷりの栄養を蓄える
7月〜9月が旬とされているのです。

日本近海には4種類が生息しており、
黒アワビは浅い海域、
エゾアワビは主に北海道、
メガイアワビは西日本、
マダカアワビは千葉の房総半島より
南の海域に生息しています。

アワビの種類や大きさによって
価格は異なります。

2023年(令和5年)7月、
旬真っ只中のアワビ1kgの
東京市場卸値は
約9500円前後で取引され、
年間だと1kg7000〜8000円が
ここ近年の相場のようです。

ただし、
最高級の国産黒アワビだと、
大きさによっては1個30000円を
軽く超えるものも多く、
高級料亭などに直接卸されるので、
一般の流通ではほとんど
目にする機会はないようです。

一方、中国や韓国産の
小ぶりなアワビならば、
1000円前後で販売されていることも
少なくはありませんが、
味は淡白で独特のコクが
希薄なのは否めません。

アワビが高額で取引される理由は、
漁獲量の減少にあります。

1970年(昭和45年)頃の
6000tをピークに漁獲量は減り続け、
2000年頃は約2000t、
2020年(令和2年)には
約669tにまで落ち込んでいます。

これはアワビの成長が遅く、
一度減ると増えるのに時間がかかる
というのが大きな要因です。

収穫されるのは、
早いものでも5年を経過した
11cm前後あたりから。

その後は7年で13cm、
10年で15cm、12年で17cmくらいに
成長するといわれています。

アワビを取り扱っている漁協では、
小さなアワビは海にそのまま戻す、
一度に獲る数を制限するなど、
乱獲を防いで資源を枯渇させない
対策が講じられています。

とくに、房総や伊豆半島、
伊勢志摩、輪島などの
ブランドアワビの産地として
名高い地域では、かなり厳格な
ルールが設けられているようです。

貝は、大きく
二枚貝と巻き貝の
2種類に分類されます。

アワビは、
平べったい貝のように見えますが、
実は巻貝で、貝の口に当たる部分が
大きく広がって扁平な形に
変化していきます。

巻き貝の中で
平べったい貝殻を一枚貝といい、
アワビはその代表的な貝のひとつです。

この一枚貝に分類されるアワビに
よく似た貝に、トコブシがあります。

同じミミガイ科に属する別の貝で、
見た目はそっくりです。

見分けるポイントは、
貝殻にあるエラ呼吸や排泄、
卵や精子などを放出するために
使われる“孔(呼水口)”の数。

アワビは2〜6個で平均4個、
トコブシは6〜9個で平均8個なので
簡単に見分けられます。

またトコブシは大きく成長しても
12cm辺りまでなので、
15cmを超えるものは間違いなく
アワビと判断できます。

味に関しては、
甘みが強いとされるアワビですが、
個体差もあり判断は難しいところ。

それよりもアワビの身は
やや硬くコリコリ食感に対して
トコブシは柔らかいのが
特徴的な違いといえます。

最近はトコブシの価格も
上がってきていますが、
それでもアワビの半分以下の価格帯。

懐事情が寂しいようであれば、
トコブシで
アワビを堪能した気分になる…
そんな楽しみ方があってもいいのでは。

深い押し味の余韻とキレ味。「菊正宗 極上720mL」がおススメです。